その指先で、濡れる唇
***


シンクタンクという職場だけあり、充実した情報量と設備を完備した資料室。

とはいえ、定時を過ぎれば司書の女性も退勤していてカウンターは無人だし、開架閲覧室の利用者も数えるほど。

そして、その数えるほどの中に木村さんの姿はなかった。

たぶん、書庫にいるのだと思う。

十中八九、私の予想どおり。

私の……期待どおりに。


書庫があるのは閲覧室の奥の奥。

I Dカードをかざしてドアのロックを解除する。

この建物のドアはトイレや給湯室などを除くおよそすべてが、閉まるとすぐに自動的に施錠されるシステムになっている。

もちろん、この書庫も。

中へ入ってドアが閉まるやいなや鳴る「ピッ」という短い電子音と「ガチャッ」という鍵のかかる金属音。

自動的に施錠されたドアに、まるで退路を断たれたような……。

閉鎖空間、密室……そんな言葉が脳裏をよぎる。

閉じ込められたような錯覚に、胸が一瞬ざわめいた。

それは不安か緊張か、あるいはもっと別の何かなのか。

わからぬまま、私は奥へと歩みを進めた。
< 5 / 14 >

この作品をシェア

pagetop