その指先で、濡れる唇

中肉中背でどちらかといえば色白。

トレードマークは、頑丈そうな黒縁眼鏡と、ちょっと珍しいアンティークの腕時計。

奥から二番目の書棚まで来て、隅っこの壁によりかかって資料を読みふける木村さんを発見。

私はふぅと小さく呼吸を整え、徐に声をかけた。

「木村さん」

「なんだ、誰かと思えば西尾さんか」

なんだとはまたご挨拶な……。

でもまあ、これもまた私への親愛の情とも受け取れる。

他の女子たちにはこんな言い方しないもの。

「資料、見つかりました?」

「まあ、ぼちぼちね。西尾さんも何か探しにきたの?」

この人、交流会のことなんてすっかり忘れてるな……。

「木村さんを探しにきたんです」

私はわざと真剣な顔をして意味深に言った。

「私……誘ってもいいですか、木村さんのこと」

「え……」

一瞬、ほんの一瞬だけれど――木村さんは確かにどきりとして、その眼鏡の奥の瞳にはっとした表情を見せた。

けれどもすぐに、「あぁ……」と状況を理解して「やっちまったなぁ」と決まり悪そうに苦笑した。

「俺としたことが……西尾さんごときにはめられるとは不覚」

「いちいち失礼な人ですね……。私、山口さんに仰せつかってきたんですよ。責任をもって木村さんを捜索して連れてくるようにって」

ちょっと迷惑そうな口ぶりで言いながら歩み寄り、私は壁を背にして木村さんの隣に並んだ。

「でもしばらく出られそうにないですね。あんなにひどい雨じゃあ傘なんて意味ないですもん」

「雨、そんなにすごいの?」

「それはもうかなり。あ、ここにいるとわかんないですよね。窓少ないし、閉め切った感じだから」

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