その指先で、濡れる唇
私が快諾すると、木村さんは興味深げに慎重にキャップを外し、先端部分をそっと鼻先へ近付けた。
「なるほど。このバラだったのか」
「そのバラです」
ちょっと得意げに微笑む私。
そんな私を、木村さんがまっすぐ静かに見つめてる。
「西尾さんと――」
静かなようでいて、やっぱりどこか熱っぽい木村さんの眼差し。
身長差があるので、ただ「見つめる」というよりは「見下ろす」と言ったほうが正しいかも。
「あの……」
緊張と恥ずかしさを誤魔化すように思わずふいに目を伏せる。
すると今度は、まるで逃すまいとでもいうように覗き込むように見つめられ、それから――。
「同じ香りだ」
木村さんの鼻先と私の唇が、触れるか触れないかの至近距離に。
私は反射的に目を閉じた。
「西尾さん。俺のこと、誘いにきてくれたんでしょ?」
木村さんの意地悪……。
心の中で悪態をつくも実際は、言葉を紡ぐことなどできなくて。
答えるかわりに彼の腕にそっと触れ、シャツの袖をぎゅっと握る。
なんだか負けを認めたような、でも結局は勝ちを手に入れたような。
そうして――私は木村さんの唇の感触を知った。
柔らかに重なる唇。
滑らかにかよい合う温度。
嬉しさとときめきが、とろんと甘くとけあった。
温厚で、几帳面で、紳士的。
初めて交わした彼とのキスはひどく優しくて、優しすぎて……。
たまらずに、私はその胸にきゅっと抱きついた。
「木村さん」
「うん?」
「私、西尾です」
「知ってるよ」
「下の名前は真琴(まこと)です」
「それも知ってる」
「何か言うことないですか?」
もちろん、言われなくてもわかってた。
優しいキスがちゃんと教えてくれたから。
好きだってことも、私でいいんだってことも。
それでもやっぱり……言葉が欲しい。