その指先で、濡れる唇

「うーん、何か言うことねぇ……あ、そうだ」

「え?何?何ですか?」

「領収書の提出、もう少し待ってよ」

「この男、ぶっ殺す……」

ちょっと拗ねて、私はグーでその胸を突いた。

「うへ。ぶっ殺すなんて物騒だなおい……。ニッシーはハト派じゃなかったのかよ」

「あ、初めて"ニッシー"って言った」

「だって、ニッシーだろ? 女の人たちとか同期の連中からそう呼ばれてるじゃん」

「木村さんは一部の人たちから"キム"って呼ばれてる。一部の"男の人たち"ね」

「そりゃまたよくご存知で」

「ご存知ですよ。私、木村さんのこといっぱい知ってるんですから」

例えば――マイペースで我関せずのようでいて、実は意外と面倒がいいってことも。

それで密かに、後輩の男の子から「キム兄さん」なんて芸人さんよろしく呼び慕われていることも。

私が仕事でミスして凹んだときだって、さりげなーく励ましてくれたりするし。

それに――。

「私がカップを持って給湯室に行くと、なぜかいつも木村さんも給湯室にくる」

「そういうのを自意識過剰って言うんだよ」

「そうですか?今日もそうだったし。昨日だって午後の会議が終わってすぐ――」

「いちいち指摘すんな」

そうして木村さんは「この話はもうおしまい」とでもいうように、私の口をキスでふさいだ。

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