闇に響く籠の歌
「なあ、水瀬。お前の女房、たしか深雪(ミユキ)ちゃんだったよな」

「川本さん、ここでその話するんですか?」


川本の言葉に水瀬は思いっきり嫌な顔をしている。その彼の様子が気になったのだろう。圭介が『どうかしたんですか』という声をかける。それに対して、水瀬はどこか苦々しい口調で応えていた。


「実は僕の妻の深雪も13日の夜に事故で死んだんです」

「そんなことがあったんですか?」

「ええ。でも、このことはマスコミの格好のネタにされましてね」


水瀬の声に圭介は首を傾げることしかできない。そんな彼の顔を見ながら、水瀬は悔しさの滲む表情で話し続けている。


「深雪はその噂のように夜中に階段から落ちたんですよ。一応、僕も現職の刑事ですしね。その妻が夜遊びをしている中での過失死。マスコミはそう受け取ったんでしょう。でも、彼女の名誉の為に言っておきますが、彼女はそんなことをする女性じゃなかった。その日、僕が留守にしている時にでかけて、事故にあった。それなのに……」


そこまで言うのがやっとだったのだろう。そのまま何も言えなくなっている水瀬の肩を川本がポンと叩いている。


「というわけだ。俺も水瀬もあんたが話してくれた噂のことは知っていた。ついでに、これが連続殺人じゃないかっていうのもね。もっとも、上は取り合うもんか。だから、勝手にやっていた。そこにあんたたちが首を突っ込んできた」

「それっていいんですか? つまり、川本さんたちは勝手にやってるってことですよね。だから、何もかも片付けられているところにいたわけなんだ」

「そういうこと」


これは職権乱用と言ってもいいのではないか。圭介の中にはそんな思いが生まれている。しかし、川本の声には悪いことをしている、というような色は微塵も感じられない。そのことを感じた彼らは、どうすればいいのだろうかと互いに顔を見つめ合うことしかできなくなっていた。


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