闇に響く籠の歌
かけている眼鏡をグイッと押し上げながら、水瀬はそう問いかけている。その姿に渋々といた表情で川本が頷く。それを視界の隅におさめた水瀬は、改めて圭介の顔をみつめていた。


「親父さんが無茶をして悪かった。ほんと、この人って見境がないから。でも、圭介君たちが無駄足になるの分かってるから、止めようとしたんだよ」

「どういうことですか?」

「分からない? 君たちが行こうとしている斎藤 綾乃さんの部屋って留守みたいだよ。僕たちも彼女に会おうとして訪ねたんだ。でも、何度、呼び鈴を押しても出てきてくれない。だから、帰ろうとしたところに君たちが来たわけ。分かってくれた?」

「は、はあ……」


水瀬の言葉に、圭介は力が抜けた声で返事をすることしかできない。これでは、意気込んでやってきた意味がないではないか。そんな思いが圭介たち4人に浮かんできたのは間違いない。そんな時、それまで忘れていた人物の声が響いてきた。


「でも、水瀬さん。それって居留守かもしれませんよ?」

「柏木さん、何の根拠もないことを言わないでください。このところ、近所の人も姿をみていない。おまけに郵便物もたまっている。それで居留守ですか?」


どこか苛ついたような調子で水瀬は柏木に応えている。それに対して、言われた方は平然とした顔で言葉を紡いでいた。


「水瀬さんの言いたいことも分かりますよ。でも、電気のメーターは結構、忙しく動いていますよね。それに、部屋の入り口の新聞受け。本当に留守ならそこも一杯になってるんじゃないですか? でも、そんな気配はない。だったら居留守じゃないかと思うんですがね」

「調べましたが、斎藤さんは女性の一人暮らしですよ。だとしたら、新聞をとっていない可能性も否定できない。違いますか?」


柏木の言葉に対して水瀬は猛然と反論の火をあげる。それに対して、柏木はやれやれというように肩をすくめるだけ。そのまま、彼は圭介たちの方へと視線を向けていた。


「圭介君、水瀬さんはこう言ってるんだよね。だったら、行くのをやめる?」

「その方が合理的かもしれないんですがね。でも、やっぱり、行ってみます。せっかく、ここまで来たんだし」

「そうだよね。あ、君の友だちのお姉さんが知り合いだって言ってたよね?」

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