闇に響く籠の歌
「斎藤さん、深雪が階段から落ちた時、一緒だったんだ。じゃあ、救急車を呼んでくれたの?」

「そ、それは……」

「どうして? 深雪が妊娠してたってこと知ってたんでしょう? 彼女が友だちに隠すはずないからね。だったら、妊婦が階段から落ちたんだ。それこそ何があるかわからないんだ。こういう時って救急車の手配するか、タクシーで病院まで運ぶよね?」


水瀬の言葉は正論としか言いようがない。だが、それに対して綾乃は視線をあちこちに泳がせるだけ。その姿があまりにも不自然だったのだろう。川本が思わず怒鳴り声をあげていた。


「おい、はっきりしないか。夜中だし、タクシーが走ってなかったっていうのはありえるよな。だが、救急車なら関係ないからな。でも、あんたは呼ばなかった。そうじゃないか?」

「川本さん、そんな大声ださなくても……」

「いいんだよ。水瀬の女房が事故に遭った時、救急車の要請はなかった。これは事実だ。なにしろ、深雪ちゃんは朝になって冷たくなってるのを発見されたんだからな」

「そ、それって……」


川本の言葉に最悪のことを感じた遥が手を口に当てている。好奇心で首を突っ込んだ事件が、どうやら簡単に済むものではない。そのことをまざまざと実感したのだろう。彼女の顔には今さらのように後悔の色が浮かんでいる。だが、そんな彼女の様子も気にならないように、川本は声を荒げながら言葉を続けていた。


「なあ、答えてくれてもいいだろう。ここにいる水瀬は女房があんなことになっちまったもんだから、このことが気になって仕方がない。ま、そのことに関しては俺も当然だと思うよ。なにしろ、惚れ込んでた相手だし、腹の中には餓鬼までいたんだからな」

「そ、そんなこと言われても……私には関係ないわ。だって、あれは深雪が勝手に落ちたんだもの。私には責任ないわよ。だから、救急車も呼ぶ必要なんてないじゃない!」


綾乃の言葉があまりにも自己中心だと思ったのだろう。圭介がため息をつきながら口を開く。


「あの……こんなこと、俺が言うのは筋違いだと思うんですけどね。でも、どうして呼ばなかったんです? 普通なら、目の前で人が倒れているんなら、何かしなきゃいけないって思うんじゃないんですか?」

「そんなの理想論よ。じゃあ、坊やは目の前の人が倒れていたら助けることってできるの?」
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