闇に響く籠の歌
「でも、そう考えた方がしっくりくるんですよね。妊娠していた彼女を夜中まで引っ張り回す。彼女が落ちたのは事故だったかもしれない。でも、そのことを放置したような態度。そうでしょう? あなたがちゃんと救急車を呼んでくれていれば、深雪さんは死ななくてもすんだはずだ」

「そうだな。発見が早ければその可能性はあったよな。ま、階段から落ちてたから腹の餓鬼の保証はなかったろうけど、それでも本人が死ぬところまではいかなかったはずだ。あれは冷え切った路上に放置されたことによる凍死の部分もあったからな」


川本の声に水瀬は顔を歪めている。このことはいまだに彼の心を傷つけるものでしかないのだろう。そう思う圭介は彼の腕を軽く叩いている。そんな時、その場にはヒステリックな声が響き渡っていた。


「何よ! 何だって、そうも分かったような口をきくのよ! 私が深雪を妬んでた? そんなの当たり前じゃない。ううん、妬んでたんじゃないわ。あの子のこと、憎んでたわよ。ホントに憎ったらしい子だったわ!」

「あ、綾乃さん?」


綾乃の様子があまりにも変わっていることに驚いた奥寺の素っ頓狂な声が響いていく。しかし、その声に彼女が耳を傾けている気配はない。ただ、彼女は自分の思いを叫び続けるだけ。


「あんな子、大っ嫌いだったわ! なんでも、欲しい物は手に入るような顔して。いつだって、人を見下したような顔して。あの日だって、幸せですっていうような顔見るのがホントに嫌だったわ。なんで、あの子ばかりが何もかも手に入れてるのよ。少しくらい、私に分けてくれたっていいじゃない」

「あ、綾乃さん……そんなに興奮しないで……そ、それより、そんなに嫌いならどうして一緒にいたりしたんです?」


綾乃の言葉に矛盾を感じたのだろう。奥寺がおずおずとした調子でそう問いかける。それに対して、キッと彼を睨みつけた綾乃は、感情の迸るままに叫んでいる。


「そんなことも分からないの? だって、そんなことすれば私は負け犬になっちゃうじゃない。そんなの我慢できるはずがない。私はいつだって勝つの。大人しそうな顔して男の気を引くような子に負けたなんて思いたくもない」

「斎藤さん、君って本当はずい分と腹グロだったんだね。まさか、深雪の友だちがそんなこと考えてるなんて、思ってもいなかった」
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