アオルクチビル
「本当に水飴みたいだ」
いったん唇を離すと、室長がくすくす笑いだす。
長く重なっていたその場所が濡れたようにつやめいているのはグロスなんかの所為じゃないことは明白だった。あえて私を辱めるように言ってくる室長の顔に、業務中には見ることのない男の表情が滲んでいた。
冷静なようでいて、キスで息を乱す私を物欲しげに見詰めてくる雄の顔。
「君の唇は不快などころかこんなに艶っぽくて後を引くのに。……馬鹿な男もいたものですね」
こんなときにまで丁寧な言葉遣いがすこしも乱れないところに、この人の余裕が見て取れた。
顔は整っているけれど、どちらかといえば中性的で、性の匂いのしない捉えどころのない男という印象だったのに。すこしきれいな顔をしただけの無害な男の本性は、草食なんかじゃなかった。
獲物を見定めるような鋭いまなざしに射竦められると、唇を開いて差し出すことしか出来なくなる。室長はいい子だと言わんばかりに、さっきまで我が物顔で私の口内を荒らしていた舌で上唇を舐めてくる。
「……前から思っていましたよ。君の唇は」
意味ありげに言葉を切って、室長は黙り込んでしまう。
その先の言葉を室長の口から聞いてみたい。懇願するような気持ちで室長を見上げたその顔は、さぞ物欲しげに見えたのだろう。何を言う代りに室長はまた口づけてきた。
なんで室長とキスして、応えてしまって、やめられなくて。
なんで振られたばかりなのに、まだ好きで、あいつに未練たっぷりなはずだったのに。
なんでこんな場所で、人がいて、見られるかもしれないのに。
なんで私が相手で、ただの部下で、ただの上司相手に。
なんで、なんで、なんで。
絶え間ないキスの合間にも取り留めなく「なんで」が脳裏を舞う。そんなわたしの顔を見て、室長は唇を離すとまた笑った。