チョコビスケット
第一話
高校生活が始まって早一ヶ月。
高校に入ると同時に一人暮らしをはじめたあたしは、経費削減のため毎日のこんだてに頭を使う。
今日はお肉が安いから早く帰ろう、
なんて一人ぶつぶつといいながら103のプレートがぶら下がっている教室に足を踏み入れた。
「ひーな!燈那、燈那!」
「あ、おはよ理子ちゃ...うえっ」
教室に入ったあたしを見つけた瞬間、色素の薄い長い髪を高い位置に結ったポニーテールがチャームポイントの理子ちゃんが飛びついてきた。
相田 理子 (あいだ りこ)
高校に入って初めてできた友達だ。
毎度のこと毎朝毎朝飛びついてくる彼女は楽しそうで止める気はないらしい。
「今日、来てるらしいよ」
「え?来てるって...?」
「燈那の、前の席の男の子」
そう言って理子ちゃんが指をさした先にあったのは一番奥窓際、その一番後ろにあるあたしの席。
...ではなく、そのひとつ前の誰も使っていない入学式当日から空いている席だった。
「あ、ホラ。噂をすれば」
「渡辺ー、お前やっと来たなー入学式にも出んと...」
「ウス...」
瞬間、教室がざわざわと騒がしくなっていく。
「え、かっこいい...っ」
隣にいる理子ちゃんのそんな声も、室内のあちこちから聞こえる女子たちの黄色い声も、
次第にこみ上げてくる震えを抑えるのに必死なあたしの耳には届いてこなかった。
金色に染められた髪に、耳にはたくさんのピアスが光に反射して光っている。
目つきの悪いそれが、あの記憶をフラッシュバックさせる。
自分の両手で自分の体を包み込むようにぎゅっと抑えた。
『燈那...』
違う、あの人じゃない。
似てるけど、違う。
『...愛してる、燈那』
「う...っ」
「燈那?!」
こみ上げてくる吐き気を抑えきれずに教室を飛び出したあたしの背中に、理子ちゃんの焦った声が届いた。
あぁ、あたしは馬鹿だ。