黄昏の真心
「つまらなかったのよ」
「それは、わかっております」
「私と、代わってください」
「無理です」
否定の言葉がフローネに向かって発せられる。
そもそも、クラウスがフローネの替え玉などできない。
性別もそうであるが、何より体型が違う。
二人の身長の差は、頭ひとつ以上違う。
見る人が見れば、すぐにわかってしまうだろう。それに女性が纏うドレスなど、着たことがない。
下手をすれば、裾を踏んで転倒。このようなことで怪我をするのは、馬鹿馬鹿しい。
クラウスは、フローネのことは嫌いではない。主従関係からいえば命令を聞き入れるのが普通だろうが、物事には限度というものがある。
たとえ姫君の命令であったとしても、嫌なものは断る。それがクラウスの心情であり、フローネはわかっていた。
だからこそ、面白い人物だと思う。
王家の姫君ということで、誰もが跪く。それは一種の形式であり、本音で行っているどうか怪しい。
それに、偉いのはフローネ自身ではない。
この国で一番偉いのはフローネの父親であって、周囲にしてみれば彼女は王の娘。ただそのように認識し、儀礼のように跪く。
それが堪らなく嫌で、我儘を言ってしまう。それは人間らしい感情の表し方だが、フローネは許されない。
――姫君らしい生き方を。
たとえ本人が拒もうが、嫌でも周囲から押し付けられる。生まれてしまったのだから、仕方がない。
諦め受け入れてしまうのが一番だが、フローネの性格上それは無理に等しかった。
「礼儀作法は、教えます」
「そのような問題ではありません。そもそも、立場が異なります。フローネ様はフローネ様の――」
「皆、同じことを言うのですね」
「仕方ありません」
それ以外の言葉は、見つからなかった。本当は別の言葉を掛けるべきであろうが、適切な言葉は存在しなかった。
クラウスは、フローネの心情を第一に思う。
しかし、時と場合による。
流石に十六という年齢で、我儘は有り得ない。国によっては、この歳で嫁いでいる姫君もいる。
いずれ、フローネも結婚をする。
他国へと嫁ぐか、それとも婿を迎えるかはわからない。しかしどちらにせよ性格はいい方がよく、冷え切った結婚生活とは何とも悲しすぎる。