Chat tricolore -三毛猫とライラック‐
『ごめんなさい。
今日ちょっと予定があるの』
“その日”を一緒に過ごしたいと思っていた人から突然のメール。
仕事が終わったら彼女を車で迎えに行って、今日は息子が居ないから自分のマンションへ連れて行って僕の部屋で映画なんか見て酒でも飲んでまったり…
と計画していたのに、この一文ですべての計画が泡のように儚く消えた。
「マジか」
スマホ画面を見てガクリ。
「店長ー!!マルガリータ入りましたぁ!」
カウンターで見習いバーテンダーが僕を呼んでいる。
まだ入ったばかりでシェイカーを振らせてはいない。
「はいはい!」
半ばやけくそに返事をして、僕は立ち上がった。
――――
――
―――真夏の夜明けは早い。
ついさっきまで夜の賑わいを見せていた店内はがらりと空虚な音が聞こえきそうで
同じく夜の気配を漂わせていたしんと鎮まった空が、午前五時になるともう白みはじめる。
閉店の時間はもうとっくに過ぎていた。
もうあと二時間もすると朝の通勤通学でこの通りは賑やかになる。
その足音が今にも聞こえてきそうだ。
「朝だ…」
まるで扉一つを隔てて朝と夜が同居するこの不思議な空間は
バー白猫。
誰に言うわけでもなく僕が呟くと、カウンターに座った女の子…立派に成人してるし、来春に就職が決まってる女性に使う言葉じゃない気がしたが
僕にとっては娘みたいなもので。
でも、やっぱり一番その形容詞がぴったりくるんじゃないか。
とにかくその彼女が僕と同じように店の外を目配せ。
「さすがに疲れましたね。合コンの二次会か何か知らないけど騒ぎ過ぎ。
あの人たちクラブか居酒屋とか勘違いしてません?
ここはゆっくりお酒を飲む場所で騒ぐ場所じゃないっつうの。そう思いません?
店長」
可愛い顔して、随分そっけなく言う。
そう聞かれて僕は曖昧に笑った。
一応ここの肩書で“店長”てついてるのは確かに僕だけだけどね。
でもどう返事を返していいのか分からない。
そう、確かに小一時間前まで、大学生らしい男女が賑やかにしていた。
かなりアルコールが入っていたと見えて、度を過ぎた賑わいは店の女の子をナンパするところまで至って、さすがに僕が注意するとへらへら笑って「すみませぇん」なんて謝ってきたけど。
確かに若干場違いな客には違いなかった。常連たちはその賑やかさ、騒がしさに早々と帰っていってしまったし。
けれど店に客を選ぶ権利はないのだ。
床のモップ掛けをしていた僕は、カウンターに並べられたテキーラの残量を、目を細めながら確認している彼女に問いかけた。
「オレンジが残ってる。テキーラサンライズ作ろうか。
朝都ちゃん好きだったろ?」
本当のところ、テキーラサンライズは言い訳だ。
僕が
彼女と飲みたい気分だった。
今日は
今日ばかりは独りになりたくなかった。
あの若干迷惑だと思えた大学生の客でさえ、帰ってしまってほんの少し物寂しい。
正直―――誰でも良かった。
突然の僕の申し出に
「え…ああ、まぁ」と曖昧に答え
「はい」やがてはっきりと返事を返してくれた。