Chat tricolore -三毛猫とライラック‐
「ミケネコとか…そのたとえ嬉しくないんだけどなぁ。
だいたい、ミケネコってメスがほとんどでしょう?オスは希少価値だとか」
僕を男としてちっとも意識してない証拠だな。
まぁ意識されても正直困るけど。
「ミケネコですよ。顔も猫っぽいし♪」
彼女はふわふわ笑う。
「でも店長にそんな大きなお子さんがいらっしゃるなんて私知りませんでした。
店長の子猫ちゃんは白猫ですか?黒猫??」
冗談ぽく言われて僕は「む゛ー」と顔をしかめた。
「子猫って言うような可愛いもんじゃないよ。ふてぶてしいクソガキ」
「店長、若そうに見えるけど実際いくつですか?」
急に顔を近づけて彼女は大まじめに聞いてくる。
ライラックの香りと……ほんの少しオレンジの香り。
「さぁ?ひみつ~♪」
彼女のグラスの中はほとんど空だった。
「もう一杯作ろうか?」と申し出ると
「お願いします」と素直に頭を下げる彼女。
僕がグラスの中にテキーラとオレンジジュースを注ぎいれようとすると
「やっぱりマルガリータに」
彼女はカウンターに肘をついて微笑んだ。
「店長がシェイクするカクテル、ほんとにおいしいんですよ。
私、大好きで」
彼女が一言一言話す度に、彼女の白い肩から一房、また一房と髪の束が流れ落ちる。
そのたびにゆっくり、ゆっくりとまるで記憶を掘り起こすかのように
ライラックの香りが漂ってくる。
「『好きな人が居なくて大丈夫』な人っていないよね。
どんな人でも必ず
『傍に居てほしい』って思う人は必ずいるよ」
一言言ってシェイカーを取り出すと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
シャッターを閉めていないガラスのドアから朝日の光が入ってきて、彼女の栗色の髪を淡く輝かせていた。