俺様常務とシンデレラ
むわっとした風が鎖骨の下で切り揃えた私の髪を持ち上げる。
駅前通りには仕事帰りのサラリーマンに加え、夏休みに入った頃なのか、学生の姿もちらほらと見えた。
蒸し上がるように暑い、夏の夜。
ここ最近続くもわもわとした空気は私の心を飲み込み、いつまで経っても気分は晴れないままだった。
私は本当の常務に恋しようって決めて、もう"王子様"や"運命"にはこだわってはいないはずなんだ。
それでも、常務に『俺とお前も運命とかじゃないかもな』と言われたことは、やっぱり少しこたえた。
常務の気持ちを思えばそれも仕方ないって思うのに、なんだかふたりの関係まで否定された気分になってしまう。
そんなことないのに。
たとえおとぎ話のような恋ではなくたって、ただ常務が側にいてくれるなら、それだけで幸せなはずなのに。
頭の中にぐるぐる渦巻く想いをなんとか振り切ろうと、ぶんぶんと首を振って顔を上げた。
そのとき私の目に飛び込んできたのは、制服を着ても尚、普通の中学生というには大人びた、黒髪の美少女だった。
駅の正面口に立つその女の子のまわりには、香しい花の匂いに吸い寄せられたミツバチのように、高校生らしき男の子たちが群がっている。
あの女の子って、どう考えても……。
「あれ放っておいたら、理久さんに怒られるだろうなぁ……」
私は少し迷ってから、恐る恐るミツバチの群れに近付いて行った。