俺様常務とシンデレラ
「行こうか、佐倉さん」
立ち尽くすばかりの私に、隣から常務が優しく囁きかけ、左手でそっと背中を押す。
私は常務と並んで、静かなチャペルへと足を踏み入れた。
開かれたもうひとつの大きな扉を抜け、真っ直ぐなバージンロードを歩き、左右の座席の間を声もなく進む。
天井の高いチャペルの中には、私と常務の足音だけがこだまする。
まだ何の飾り付けもされていないチャペル内は厳かな雰囲気に包まれて、正面にある大きなステンドグラスから差し込む光だけが私たちを照らしていた。
祭壇の前まで来て、今歩いて来た道を視線で辿りながら振り返ると、扉は開かれたままだったけど、野本さんの姿は見えなかった。
隣に立つ常務の方へ視線を戻すと、常務はステンドグラスの下に掲げられた十字架を見上げていた。
「すごいですね、すごく素敵」
まるで魔法にかけられてしまったみたいに、小さな声でただそう言うことしかできない。
常務は漆黒の瞳で私を見下ろして、その瞳の中にまっすぐに私を映した。
なんとなく、この彼を知っているような気がする。
柔らかな光の中で佇む、黒い瞳の常務。
常務と出会ったのはつい最近のはずなのに、妙に見覚えのある光景だった。