色のない世界。【上】




「…その感情は"悲しい"だ。
そしてお前の目から流れるのは悲しい時に流れる"涙"。
止める必要はねぇよ、止まるまで思いっきり泣け」




……悲しい?この感情が…?




『悲しい』…泣きたくなるほどつらい。心がいたんでたえられない。いたましい。




辞書にはこう書いてあった。
じゃあ私は今、心が傷んでいるの?




『お母さま!何してるの?』




『これ?これはねマフラーって言って寒い時に首に巻くのよ。
店で買うのが当たり前だけど、私は外に出られないからこうして編んで作ってるの』




『マフラー?こんな糸であたたかくなるの?』




『糸をなめちゃダメよ?こうやって密着すれば糸だって温かくなるのよ。
お母さんと美桜がくっつくみたいに』




『わ!お母さまいきなりくっつかないで!くすぐったいよ』




『ふふ。美桜は温かいわね。ずっとこうしていたいわ』




次々と脳裏に浮かぶのはお母様との温かい思い出。




そうか。
お母様と過ごしたあの屋敷だから、心が傷んでいるんだ。




私はすぐに分からなかったけど、心は傷ついていたのね。




そして心が悲しんでいるから、私の目からは涙が流れる。
涙は心が悲しんでるという印なのかもしれない。




ねぇ、お母様。
お母様が外の世界に出て、また道具として引き戻された時、お母様はこうやって悲しんだの?




ずっと知ってた。
私のいないところでお母様がずっと泣いていたことを。




あれが涙なら、お母様はずっとこの"悲しみ"という感情と向き合っていたのね。




今になってやっと分かったわ、悲しいということがどういうことなのか。




…お母様、私達の屋敷が燃えているの。
それを知ったら、お母様はまた悲しんでしまうの?




< 137 / 268 >

この作品をシェア

pagetop