色のない世界。【上】
「…その感情は"悲しい"だ。
そしてお前の目から流れるのは悲しい時に流れる"涙"。
止める必要はねぇよ、止まるまで思いっきり泣け」
……悲しい?この感情が…?
『悲しい』…泣きたくなるほどつらい。心がいたんでたえられない。いたましい。
辞書にはこう書いてあった。
じゃあ私は今、心が傷んでいるの?
『お母さま!何してるの?』
『これ?これはねマフラーって言って寒い時に首に巻くのよ。
店で買うのが当たり前だけど、私は外に出られないからこうして編んで作ってるの』
『マフラー?こんな糸であたたかくなるの?』
『糸をなめちゃダメよ?こうやって密着すれば糸だって温かくなるのよ。
お母さんと美桜がくっつくみたいに』
『わ!お母さまいきなりくっつかないで!くすぐったいよ』
『ふふ。美桜は温かいわね。ずっとこうしていたいわ』
次々と脳裏に浮かぶのはお母様との温かい思い出。
そうか。
お母様と過ごしたあの屋敷だから、心が傷んでいるんだ。
私はすぐに分からなかったけど、心は傷ついていたのね。
そして心が悲しんでいるから、私の目からは涙が流れる。
涙は心が悲しんでるという印なのかもしれない。
ねぇ、お母様。
お母様が外の世界に出て、また道具として引き戻された時、お母様はこうやって悲しんだの?
ずっと知ってた。
私のいないところでお母様がずっと泣いていたことを。
あれが涙なら、お母様はずっとこの"悲しみ"という感情と向き合っていたのね。
今になってやっと分かったわ、悲しいということがどういうことなのか。
…お母様、私達の屋敷が燃えているの。
それを知ったら、お母様はまた悲しんでしまうの?