色のない世界。【上】
譲司の背後から現れたのは、梅色の長い髪を巻き紺のマーメイドラインのドレスを着こなした女。
深々と被った大きなハットのせいで目は見えないが、見える赤く薄い唇から笑っているのが分かる。
女の姿を見た途端、重文の表情は鋭くなった。
「そんな怖いお顔していると、奥様に愛想つかされますわよ?重文さん」
「人の心配をする前にお前は身を固めたらどうだ、常盤胡梅」
「あら、それこそ余計なお世話ね」
重文に名前を呼ばれ、女は深々と被ったハットを持ち上げしっかりと化粧を施した黒い瞳を見せた。
彼女は鷹沢組のご贔屓にしている情報屋であり、九条院家などの財閥にスパイとしてよく潜入している常盤胡梅(ときわ こうめ)。
鷹沢組からは「梅姐さん」などと呼ばれている。
「なるほど、常盤胡梅から裏ルートを教わってここまで来たか。
次からはその道を塞がせておこう」
「塞ぐ前にその裏道を見つけてごらんなさい。
私の作った道を見つけるのは、凱斗も紗七でも無理よ。
そうね…涼音が30人ほどいれば見つかるかもしれないわね」
胡梅はクスクスと重文をからかうように笑った。
それが癪に障ったのか、重文は胡梅を睨んだ。
それでも胡梅はクスクス笑いながら、譲司を楯にするように譲司の背中に回った。
譲司は困ったように胡梅を見たが、胡梅は無視して重文を見ていた。
やがて聞こえてきたのは譲司のため息。