色のない世界。【上】
パタン
急に本が閉じる音がした。
そして全員その音のした方に視線が向いた。
そこには黒髪で眼鏡をかけた男が本を机の上に置いて、眼鏡を外していた。
「…結子、今日は一段とよく喋るな。お陰で本に集中出来ない」
男が眼鏡を外すと、男の背後にいたスーツ姿の護衛人がすぐに違う眼鏡を取り出して男に差し出した。
九条院家第2男、九条院 昴(くじょういん すばる)。
その背後の護衛人、日下部 桐斗(くさかべ きりと)。
昴は護衛人の桐斗から受け取った眼鏡をかけた。
それを結子はニヤリと笑いながら見ていた。
「あら、そういう昴お兄様もよくお喋りになられるのねぇ?いつもは会議にもお喋りにならない癖に。やっぱり文人(あやと)お兄様がいらっしゃらないからかしら?」
扇子を開いたり閉じたりしながら笑って結子は昴を見ている。
「文人お兄様」という言葉に昴は少しだけ眉をピクリと動かした。
だがすぐに戻る。
「文人兄さんがいないのはいつものことだ。いないからといってよく喋るわけでもない。あまり俺を怒らせるなよ、結子」
鋭い昴の視線に結子は怯む様子もなく睨み返していた。
「そうでしたの?それは失礼しましたわ、昴お兄様?」
鋭い視線を昴に送っていても口調は変わらず軽めの結子。
昴はそれからすぐに目を閉じた。