精霊の謳姫
「ーーーリディア様、お手が止まっています。」
騎士の声にハッと我に返ったリディアは背後から穏やかでない雰囲気を感じとり、恐る恐る後ろを見上げた。
そしてその視線は、”彼”の手元へと注がれる。
「この僕が教えてるのにうわの空なんて、
随分と余裕だね?リディア。」
スラリと傷一つない彼の手には、振りかざす姿勢で宝石のあしらわれた杖が握られており、
さらにそんな彼の手首を騎士が掴んでいる。
「ノヴァ…?
今何をしようとしたの。」
「あぁ、ごめんね?
たまたま手が滑って、椅子から立ち上がれなくなる魔法をかけそうになっただけだから、気にしないで?」
「!!!?」
さも不本意の出来事だと言わんばかりの曇りない笑顔でしれっと言ってのけるノヴァに、二の句も継げなかった。
一体どう手が滑れば、そんなおぞましい魔法を自らの主にかける事になると言うのだ。
未遂で終わったから良いものを、アレンがいなければ確実に実行していただろう。
(まぁ…余所見をしていた私が悪いんだけど…)
リディアは今一度机に向き直り、
一つため息を吐いた。
同じような毎日に飽き飽きしてはいる。
けれど、アレンやノヴァ、サリーとこうして他愛のない話をしている時間がかけがえのないものであるのも事実。
…しかしそれでも、
やはり思ってしまうのだ。
本や教本に載っているような、
七色に満ちた世界を。
そこに住む様々な人々を。
豊かな自然と精霊を。
いつかこの目で見てみたい、と。
「ーーねぇ、ノヴァ?」