精霊の謳姫
どこへ立ち寄ることもなく通りを抜けた一行が辿り着いたのは、家々の路地裏だった。
人気もなければ明かりも少ない、野良猫やネズミが通るような、そんな場所で。
胸中に募るのは、
霧がかかるようにモヤモヤとした疑心。
これではまるで…
「なんだか私たち、逃げているみたいね?」
咎人にでもなった気分だ。
リディアは隣にしゃがみ込むノヴァに、
納得のいかないような視線を向けた。
…が、当の本人はそんな彼女の言葉に全く取り合う気はないようで、
黙々と懐から取り出した白墨で足下に大きな円のようなものを書き始めている。
…魔法陣か何かだろうか。
少しくらい顔をこちらに向けてくれても
いいではないかと思う。
「…急かしてしまい、申し訳ありません
リディア様。」
曇った表情の主を見て、無愛想な魔導師に代わり騎士はすまなそうな声音で首を垂れた。
「このことは多くの者には内密に取り計らわれているので、こうする他なかったのです。
どうか、ご容赦ください。」
懇切丁寧に諭されてそれを跳ね返せる程、
リディアの気は強くない。
なによりも、彼が今に至るまでずっと
思い悩んでいるような顔をしていれば、尚更のことである。
大丈夫よ、と曖昧に笑う。
内密にと言うのなら、今までの行動にも納得出来る。いや、納得する他ないのだ。
それに、
彼にそんな表情をしていて欲しくない。
城を出るということが容易でないことくらい、リディアは嫌という程知っているのだから…___