ロスト・クロニクル~前編~
プロローグ
純白の絨毯に覆われていた大地が、春の息吹と共に目覚める。
木々は新緑を芽吹かせ、鳥達は甘い花の蜜を吸う。
この国は、一年の半分以上を雪の中で過ごす。
時に豪雪が襲い、全てを薙ぎ倒す。
その為、他の国の者達以上に太陽の恩恵を待つ。
よって、春の訪れを謳歌する。
深い青色の空から、優しい陽光が降り注ぐ。
それは夏の厳しい陽光とは異なり、実に心地いい。
そして、洗濯物を乾かすには十分な効果を持つ。
薄緑の新芽が生える芝生が広がる中庭には数多くのシーツが整列しているかのように並び、一定方向から吹く風に押され、不規則に舞う。
メイド達が、忙しく駆け回る。
その者達は多くの洗濯物を持ち、次々と慣れた手付きで干していく。
それらは、流れ作業に等しい。
しかし毎日のように行っているので、無駄な動きはない。
「急がしそうだな」
メイド達に向かって言葉を投げ掛けたのは、十代前半の少年。
彼はテラスの手摺に身を預け、ポツリと呟く。
無論、メイド達は少年の存在に気付いていない。
ただ、黙々と仕事を続けていた。
少年にしてみれば、メイド達の反応はどうでもいい。
テラスで寛いでいるのは一種の日光浴であり、考え事に最適な場所であった。
何より、静かでいい。
耳に届くのは、風の音と鳥達の声音。
それに、自身の心音。
ふと、脳裏に自身の父親の声音が響く。
選ぶのは、個人の自由。
しかし、いまだに明確な回答が見付けられないでいた。
何気なくポケットに納められていた手紙を取り出すと、無造作に切られた封筒から一枚の紙を引き出す。
そして四つ折にしていたった紙を広げると、書き記されている文字を黙読する。
何度黙読したところで、書かれている文章が変化することはない。
しかし、この手紙には重要な価値が存在した。
そう、人生が一変する。
この手紙は〈メルダース魔法学園〉と呼ばれる学び舎への入学証明書。
そしてメルダースから送られてきた物と証明するのが、学園のエンブレムが描かれた封蝋。
一角獣のエンブレムを使用している施設は、この世界にひとつしか存在しない。
封蝋を見ただけで、送り主が一目で判明できる。
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