ロスト・クロニクル~前編~

「エイルが回復魔法を覚えるのを、期待して待っているよ。使えるようになったら、見せてくれよな」

「期待しないで、待っていてほしいね」

「おう!」

 それだけを言うとケインは椅子から腰を上げ、満足そうに食堂から出て行く。

 エイルはテーブルに視線を落とし、空になった食器類を眺める。

 余程腹を空かせていたのか、綺麗に食べてあった。

 食器を丁寧に重ねていくと、自分がまだ食事をしていないことに気付く。

 話に夢中になり、食べ損ねた。

 しかし、食欲が湧いてこない。

 エイルはミニトマトを口に運ぶと、残りは空の食器と共に厨房まで持っていくことにする。夏の食事は、いつもこのようなものである。

「ごちそうさまでした」

「あら、もう食べの?」

「は、はい。美味しかったからです」

 流石に「他人に食べさせた」とは、言うことはできない。

 善意の行為で作ってもらっているのだから、この場合は自分が食べたことにするしかない。

 正直、少しだけ迷惑していた。

「あら、食べ切れなかったかしら」

「多かったです」

「なら、次は少なくするわ。明日も美味しい料理を用意して、おばさん達待っているからね」

「必ず来るのよ」

 一瞬、エイルは返答に困る。

 「明日」ということは、訪れる度に大量の料理を出されるということになる。

 今日はケインがいたからいいもの、偶然が重なることはまずない。

 それなら街へ食べに行くというのもひとつの手だが、生憎手持ちの金額では心細い。

 このままでは、破産してしまう。

 それに料理を作って待っていてくれる行為を踏み躙るようで、気が引ける。

 ラルフのような性格の持ち主なら平気で行えるだろうが、真面目が特徴のエイルがそのようなことを行えるはずがない。

「ぼ、僕は行きます」

「いってらっしゃい」

「勉強、頑張りなさい」

 言葉が続かないのなら、逃げるしかない。

 これは失礼な行為であったが、変に言い訳をするよりはいい。

 エイルは食堂を出ると、やらなければいけないことが待っている場所に向かう。

 それはメルダースで働く人達に手伝いであり、長期の休みに入ったら行う一種の年中行事のひとつだった。


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