ロスト・クロニクル~前編~

「よいしょ」

 汚くなった水を取り替える為に一度タライの外に出ると、下水用の穴に水を流そうとするが、危うくシーツまで流しそうになってしまう。

 だが寸前でシーツを捕まえると、タライの中に投げ入れた。

 次に新しい水を汲む為、井戸の中に釣瓶を落とす。

 ポチャンという涼しげな音が聞こえると同時に、一気に綱を引く。

 「洗濯は体力勝負」とはよく言ったもので、流石にこの作業は足腰に来る。

 椅子に座り授業を受けていることが多い学生生活。

 まさかこのような過酷な作業をするとは、思ってもみなかった。

 昨年は、校庭の草取りを手伝わされた。

 エイルにしてみたら、草取りの方が作業としてはやり易い。

 腰を屈め、黙々と草を抜いていればいいのだから。

 唯一の難点といえば、日射病の恐れがあること。

 しかし日射病さえ注意していればあれほど楽な仕事はないが、かなりの時間を有す。

(ふう、日焼けしそう)

 「日焼けは女性の大敵」そのように言われるが、実は男の中にも気にしている者がいたりする。

 それはエイルをはじめ、生まれつき肌が白い生徒だ。

 エイルの場合、日焼けをすると黒ではなく赤く染まってしまう。

 そして全身に走る痛みに苦しみ、眠れぬ日々を過ごす。

 見上げれば、降り注ぐ日差しは強い。

 それに雲ひとつない快晴で、深い海の底のような色が広がっていた。

 エイルの故郷は北国の為、日差しはそれほど強くはない。

 メルダースの生活で身体が慣れたと思っていたが、数年では身体が慣れない。

 お陰で、毎年この時期は辛い。

 片手で顔を覆い日差しを遮ると、多くの生徒が学びを得る場所に視線を移す。

 夏休みの間、暫しの静けさに包まれる校舎。

 まるで、建物自体が眠りについているような感じがした。

 ふとその時、窓を拭く生徒に目が行った。

 どうやらエイルのように、仕事を手伝わされているようだ。

 その生徒と目が合うと互いに苦笑し合い、軽く頭を下げる。

 一目で互いの苦労を感じ取ったのか、其処に言葉がなくとも通じ合う。

 やはり、お互い仕事は大変そうだ。

 次の瞬間、視線を合わせていた生徒が悲鳴を上げた。

 どうやら雑巾を、地面に落としてしまったらしい。

 誰も下にいなかったのがせめてもの救いだが、雑巾を取りに一階まで降りないといけない。

 拾って投げてやりたいのも山々だが、なにぶん高さが問題である。

 窓拭きをしている生徒がいる場所は建物の三階。

 とても投げ渡せる高さではない。

 それなら魔法という手もあるが、生憎そんな便利な魔法はない。

 すると相手は雑巾を投げてほしいのか、エイルに視線で訴えかけてくる。


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