ロスト・クロニクル~前編~
反応の悪いエイルに相手は「無駄」だとわかったのか、渋々と自分で雑巾を取りに行く。
その姿に「すまない」という気持ちもあったが、此方も仕事があるので仕方がない。
エイルは何度か水を汲みタライをいっぱいにすると、再び足踏みを開始する。
相変わらず、水が汚い。
「何で、綺麗に……」
普通、一回で綺麗になるものだが、タライの水の汚さは、先程と全く変わらない。
それに踏めば踏むほど、水が濁っていく感じがした。
汚い水を見続けた結果、気分が悪くなったエイルは下を見ないようにする。
流石に長く眺めていると、食べ物が込み上げてきてしまう。
しかし、水を流す時は下を見なければいけない。
下を見ずに作業を行ったら、シーツまで流してしまうからだ。
諦め濁った水に視線を落としつつ、水を流していく。
その時のエイルの表情は、悲しみに溢れている。
切なくて辛い――これなら、レポートを書いている方が何倍もいい。
「昼までに、終わるかな」
日差しが強烈でも、早く干さなければシーツは乾かない。
だが、山積みのシーツの量を考えると、太陽が高いうちに終わるかどうか心配になってしまう。
それに明日も仕事を頼まれているので、今日中に終わらせないといけない。
また仕事を後回しにすればするほど、仕事が溜まっていく。
弱音を吐いているこの瞬間も確実に時間は経過しているので、エイルは気合を入れ直すと洗濯を再開する。
やるだけのことは、やるしかない――もう、それしか残されていなかった。
それに頼まれた仕事の途中放棄は許されず、後々ジグレッド教頭から何を言われるかわかったものではない。
昼下がりの午後、エイルは青々とした草の上に寝転んでいた。
彼の周囲ではシーツが風によって大きく揺れ、微かにフローラルな香りも漂う。
何とか太陽が高いうちに全ての洗濯を終わらすことができたが体力の消耗は著しく、仕事を終えたと同時にエイルは倒れてしまう。
「気持ちいいな……」
夏の風とは思えないほど、吹き抜ける風は涼しい。
それはバタバタと音をたて揺れるシーツの音と混じり、眠気を誘う。
このまま寝てしまっても良かったが、やはり日差しが厳しい。
エイルは上半身だけを起こすと、髪や服についた草を落としていく。
そして大きく伸びをすると、これからの計画について練っていく。
といって、これといってやることはない。
シーツが乾いたら取り込むという作業が残されているが、これは夕方近くでも構わない仕事だ。