ロスト・クロニクル~前編~

 素敵な学園生活を満喫している、そんな弟の姿に安堵したからだ。

 もし友人が誰一人も存在していなかったら……そんな心配がリデルにはあった。

 しかし、それが取り越し苦労だと彼の話で知る。

「その小瓶の液体を、少し入れてほしいな」

「これですか……かなり、きつい香りがしますね。一体、何を調合すればこのような香りになるのですか」

「これは、調合した人の趣味だよ。お陰で、かなり評判が悪い。この香りの中で、寝ないといけないから。でも汚れが落ちるから、使わないわけにはいかないし。誰かが、もっとマシな物を調合してくれればいいんだけど。そんな奇特な人物は、残念ながらいないようだ」

「ご自分で新たに調合なさったら、どうでしょうか? エイル君でしたら、可能だと思いますが」

「授業でそれ関連のことは学んだけど、詳しいことは知らないからそれは無理だと思う。それに、それを調合した生徒の動機が動機だから。もし同じことをやったとしたら、笑われるよ」

 その意図を聞いたリデルは、目を丸くしていた。

 もう少しマシな理由だと考えていたらしく、落胆をしている感じが見受けられた。

 真面目なリデルにとって、このような理由は好きになれないらしい。

「今は、色々な生徒がいるからね。それは、仕方がないと思うよ。どの年代も、同じ性格とは限らないし」

「しかし、メルダースの威厳が……」

「時と共に、移り変わるものだよ」

「この世には、変わってはいけないモノも存在いたします。そのことは、エイル君もわかっていると思いました」

「そうだね。うん……そうだよ」

 リデルが発した言葉に、エイルの表情が変化する。

 変わってはいけないもの――つまり、在るべき事柄。

 どのように否定しようとも、それは普遍であった。

 だが、現実は――

 思った以上に複雑で、厳しい一面を持つ。

 リデルの言葉からその一面を感じ取ったエイルは、動揺を隠すようにぎこちない表情を浮かべた。

 逆にそれが違和感を生み出してしまうが、リデルは、気付かないフリをした。

 もしそのことを言葉に出してしまったら、エイルの心に傷を負わしてしまう。

 そのような場合、馬鹿正直な人間であったら言葉に出してしまう。

 時として、嘘も大事。

 要は、使い分けが重要だ。


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