ロスト・クロニクル~前編~
「他の生徒は?」
「まだ寝ているよ」
「なら、その生徒が起きるまで」
「多分、もう少しで起きるよ」
そこで言葉を止めると、エイルは何かを待つように沈黙を続ける。
すると、起床を知らせる鐘の音が学園中に鳴り響いた。
その音に誘われるかのように、寮の中が騒がしくなる。
どうやら皆が起床しだしたらしく、ラルフも我儘を言わずにさっさと寝台から起き上がらないといけない。
「ほら、起きた」
「俺は、特別だ!」
「煩い!」
「朝から、黒エイルだ」
「誰の所為だ!」
今はまだ微妙な黒さを保っているが、このまま駄々を捏ねていると本気で真っ黒に染まってしまう。
そうなれば、確実に急所を狙って手が飛んでくる。
そう感じたラルフは、掛布団に包まれながら身体を起こすことにした。
そして今度は、頭からスッポリと掛布団を被り顔だけを出す。
見れば、鼻が真っ赤に染まっていた。
「ラルフ、鼻水が……」
そう言われても気付かないラルフであったが、エイルの視線は鼻から流れ落ちる鼻水を捉えていた。
おもいっきり鼻を啜り鼻水を逆流させるも、暫くするとまた流れ落ちるという悪循環を繰り返す。
「かめよ」
「う、うん」
掛布団を被りながら寝台から抜け出すと、乱雑に置かれた荷物の中からハンカチを探しはじめる。
そして見つかったハンカチは一応洗濯されている物らしいが、シワだらけで汚らしい。
それを手に取ると、鼻をかむ。
ズズズズという嫌な音が部屋の中に響き、エイルは顔を歪めてしまう。
「はあ、気持ちいい」
「後で、洗濯しておけよ」
「えー、水冷たいし」
「そんな物、春まで残しておくな!」
ラルフの汚らしい一面を目撃したエイルは、掛布団の裾を両手で掴むと一気に引っ張る。
奪い取った掛布団を後方に投げ捨てると、早く着替えるように命令する。
無論、そこには脅しが含まれていた。
エイルは汚いことを平気で行う人物を極端に嫌うので、言葉に容赦はない。