ロスト・クロニクル~前編~
「何で怒るのさ」
「起きるのが遅いと、汚い行為を平気で行う」
「冷たい水は、普通……」
何かを思い出したのか、途中で言葉を止めてしまう。
記憶が正しければ、エイルは北国出身。多少の水の冷たさなど物ともしない。
つまりラルフがどんなに「冷たい」と叫ぼうが、エイルは理解できない。
「その水だけど、今日はやけに冷たかったね」
エイルは態と「冷たい」という部分を強調する。
彼の言葉に着替えをしているラルフの身体が硬直するが、着替えが終えたら顔を洗いに行かないといけない。
しかし、冷たい水は苦手。
ラルフは振り向きエイルに懇願しようとするが、無表情のエイルに何も言えなかった。
「な、何でもないよ……」
「さっさと着替えて、顔を洗いに行くぞ」
「……うん」
着替え終えるとエイルはラルフの腕を掴み、強制的に連行する。
同じように顔を洗いに行く生徒達の視線が集まるも、エイルは気にしない。
寧ろラルフが嫌がっていた。
顔を左右に振り嫌がる姿は、まるで小さい子供のようである。
「適当は、許さないぞ」
「わかっているよ」
「あっ! あと、そのハンカチも洗っておこうね。そのままにしておくと汚い。乾燥してパリパリになるぞ」
その言葉に、ラルフの身体が微かに反応を示す。
どうやらハンカチを洗わずに、終わらせる気でいたらしい。
だが、それが許されるわけがない。
それに、洗わずに帰ってきたら――
寮の中に、彼の悲鳴が響くだろう。
そして、二十分が経過する。
なかなかラルフが戻って来ない。
何かあったのかと心配になったエイルは、ラルフの様子を見に行く。
するとハンカチを水の中に浸け、人差し指でそれを突っついている姿を目撃する。
「何をしている」
「せ、洗濯だよ」
「それが洗濯と言えるか!」
エイルの怒鳴り声が、建物中に響き渡った。
その声に驚く生徒もいたが、大半の生徒が腹を抱え笑っている。
相変わらずのやり取りに大勢の生徒達が日常の一部と思っているのだろう、だからこそ生暖かく見守る。
そして、この面白い光景を楽しむ。
こうなると、一種の見世物だ。