ロスト・クロニクル~前編~

「それだけ着て、まだ寒いのか?」

 エイルが言う「それだけ」というのは、着ている枚数のことを示す。

 実は何枚も重ね着をし、着膨れを起こしていた。

 外からは判断できないが三枚のセーターを着込み、尚且つ手袋は二枚重ね。

 マフラーを頭から被り、顎の下で縛っている何ともみっともない格好。

 ここまでしておきながら寒いとは、ラルフの故郷はかなり暖かい地域のようだ。

 エイルにしてみたら、少し羨ましかった。

「食堂は、使えないよ」

「えええ! あー、そうか」

「久し振りに、街に行く」

「嫌だ! 長時間、寒い中にいたくない」

「なら、朝食は抜きだね」

 そのように我儘を言っても、今回は通用しない。朝から食堂は今夜の準備で忙しく、食堂関係者以外立ち入り禁止となっている。つまり生徒の立ち入りは邪魔そのもので、食事をしたいのなら街へ行かなければいけない。それにより、今日は特別に外出許可はいらなかった。

「代わりに、買ってきて」

「冷たい料理でいいなら」

「温かい料理がいい」

「それなら、一緒に行くぞ。ほら、立て! いつまでもそうしていると、もっと寒くなるぞ」

 寒い気温の中で、寒い料理を食べる。

 流石にそれを行ったら、芯から冷えてしまう。

 ここは我慢をして食事に行くしかないが、同時に寝台の中に戻りたいという欲求が強くなっていく。

 その時、ラルフめがけて白い塊が飛んでくる。

 ひとつふたつ……時には、複数まとめて飛んでくることもあった。

 塊が飛んでくる方向に視線を向けると、生徒達が元気よく雪合戦をしていた。

 飛んできた雪の塊はてっきり流れ弾だと思っていたエイルであったが、どうやら違うらしい。

 態と、此方に投げている。

 その証拠に、雪合戦をしている生徒の目が妖しく光っていた。

「ラルフ、逃げるぞ」

「ふえ? ――ぶも!」

 運悪く、雪の塊が顔面に直撃する。

 塊は硬く作られていなかったらしく、ぶつかったと同時に細かく砕け散る。

 だが、大きさが悪かった。

 結果、鼻を中心に張り付いた雪が空気の通り道を塞ぐ。

 エイルは苦しそうに呻くラルフの顔から雪を叩き落とすと、腕を掴み立ち上がるように促す。


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