ロスト・クロニクル~前編~

 それは、一枚の封筒。

 そこには、メルダース魔法学園のエンブレムであるユニコーンが記されていた。

 〈入学証明書〉封筒の中に入っている紙の内容だ。

 特別な理由を抱え、エイルはこの学園に入学することになった。

 確かにエイルは、昔から魔法の才能に突出していた。

 メルダースに来る本当の理由は、フレイの意思が強く働いている。

 「魔法を学ぶには、最高の条件が揃っている場所」というのは建前の理由。

 また両親は、エイルが魔導師となることを願っている。

 だが、それが本心でないことをエイルは知っていた。

 そう、本心は――

 偽りは偽りを呼ぶ。

 その言葉が示すように、エイルはメルダースにいる本当の意味を思い出さなければいけない。

 偽りが真実に変る時は近い。

 それは、手紙に己の意思を書き記した時に決まる。

「夢はいつか覚める……かな」

 そのことが来ることは、はじめから覚悟はできていた。

 だからこそ、リデルに言われて驚きもしたが、受け止めることもできた。

 彼女は何も言わなかったが、本質を見抜いている。

 洞察力には長けているから。

「覚めない夢があれば、どんなに良いのだろう」

 願ったところで、それが現実になることは決してない。

 夢というものは、所詮は幻想にすぎない。

 再び視線を紙に移すと、エイルは大きい溜息をつく。

 徐々に、過去と現実が混ざり合おうとしていた。

 それを強く感じ取るのか、厳しい表情を作り入学証明を眺めていた。

(僕にできることは……)

 止まっていたペンが、再び動かされた。

 そして、自分の思いを文字として表していく。

 それは、帰るという意思表示に等しかった。

 このまま我儘を言い続けるのは、両親に対して悪い。

 それに、帰ってくることを望んでいる人が多くいるという。

 それなら、迷うことなどない。

 狂った故郷に対して、何ができるというのか――

 それを考えただけでエイルは押し潰されそうになってしまうが、後戻りも逃げることもできない。

 しかし、支えてくれる人物は確かに存在した。

 その者達共に、あるべき姿に戻せばいい。

 時間は掛かるが、やらないわけにはいかない。

 元の美しい国に戻さなければ、大勢の民が悲しむ。

 故郷が滅んでいく姿を見ているのは、あまりにも辛い。

 今この時も、崩壊が進んでいる。

 入学証明書を机の中に仕舞うと、手紙を最後まで書いていく。

 特にこれといって、意味がある内容ではない。

 いつもと同じ、学園での生活風景を書いているのだ。

 やはりそこには、ラルフの名を書き記すことはしない。

 やはりラルフは、紹介するに値する人物ではなかった。


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