ロスト・クロニクル~前編~
「エイルって、実は――」
「優しいと、思ってほしくないね」
「そ、そうだね」
「誰が、お前に優しい」
「ご、御免」
やっと身体が動かせるようになったのか、ラルフがゆっくりと身体を起こす。そして顎を摩りながら、再び周囲を見回す。その視線は、何かを必死に探していた。そう、愛する植物の存在が心配なのだ。
「キャシーちゃん? マルガリータちゃん? あれ? 何処へ行ったのかな。姿を見せてくれ!」
「生きているよ」
「捨てていないよね」
「だから、生きているって」
「えー、嘘だ」
「喧嘩を売っているのか!」
ラルフは、まったく人の話を聞いていない。それを見事に証明したラルフとの会話は、エイルのみ普通に行える。それ以外の人物が行った場合、ストレスが溜まり上手く会話が続かないだろう。
それほど、ラルフとの会話には困難が生じえる。彼と普通に会話を行えるエイルは貴重な存在であり、まさに通訳という立場だろう。実のところ、ジグレッドも説教に苦労していた。
「本当だろうね」
「じゃあ、あれは何?」
「おお! 生きていた」
「だから、そう言っただろ」
「だって、エイルは……」
「何かな?」
「な、何でもありません」
「最初から、そのように言えばいい」
何度も同じ会話の繰り返しに、エイルは低音の声音を発していた。だが、ラルフは気にする様子はない。それどころかキャシーとマルガリータが植わっている鉢植えを手に取り、頭上に掲げる。
ラルフの姿はまるで、キャシーとマルガリータが生きていることを喜んでいるようであったが、エイルにしてみたら気持ちが悪い光景なので徐々に顔が歪んでいく。それでも、エイルは何も言わなかった。これもまたいつもの光景なので、いちいち反応を見せたら疲れてしまう。