ロスト・クロニクル~前編~

 それにより、フレイの言葉を受け入れていく。そして、夜会で生き残れるよう女神に祈った。何度もエイルは溜息をつく。一方それを見ていたイルーズは、苦笑いを浮かべていた。

 そう、不憫に思いながら。




「エイル」

「何ですか?」

 フレイの私室から出たと同時に、エイルはイルーズに声を掛けられた。言葉に歩みを止めると振り返り、イルーズの顔を見詰める。そして一体どのような用事で呼んだのか、尋ねた。

「夜会は……嫌いか?」

「急になんですか」

「顔色が悪かった」

「兄さんは、父さん同様に鋭いです」

「やはり……」

 エイルの言葉に、イルーズは肩を竦めてしまう。そして背中を押し廊下の隅にエイルを連れて行くと、理由を再度尋ねた。するとエイルは左右に視線を走らせ誰もいないことを確認すると、内に秘めていた思いを言葉として出していく。その瞬間、イルーズが噴き出していた。

「笑わないで下さい」

「いや、すまない」

「本当に、苦手なのです」

「しかしそれだと、夜会は苦労する。香水と化粧の臭いは、切っても切り離せないものだからな」

「……だから、困るんです」

 可愛い弟を助けたいと思うイルーズであるが、流石に今回はそれを行うわけにはいかなかった。そもそも「香水と化粧の香りが嫌いだから――」という理由で、すっぽかしていいものではないので、エイルが我慢するしかない。そのことをイルーズは、語って聞かしていく。

「兄さんは、行かないのですか?」

「行く」

 イルーズの言葉に、エイルはホッと胸を撫で下ろす。はじめての社交界――自分一人で行くのは荷が重かったので、イルーズが共に一緒に来てくれることは心強かった。だからといって、香水と化粧の香りから逃れるわけではない。その為、エイルの顔色は相変わらず悪い。
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