ロスト・クロニクル~前編~
現にフレイが城に来た時、周囲がざわめいた。
やはり、影響力が大きい。
「シードには、気張るなと言っておいてほしい。あの者は、周囲が勇めないと無理をするからな」
「わかりました」
「期待している」
その言葉の後、フレイは立ち去っていく。流石にこれ以上、一箇所に止まるのは危険と判断したのだ。いくら人目に付かない場所とはいえ、多くの人間が行き交う城の中。気楽に会話できる場所は、無いに等しい。
平然とした態度で、フレイは歩く。
無意味な反応は、相手を喜ばすと知っているからだ。
しかし、ひとつだけ悔しいことがあった。
それは、シェラの顔を見ることができないこと。
今、ミシェルがシェラのもとへ行った。そうなると、簡単にシェラの側に行くことができない。
頼みの綱は――
フレイは、短い溜息を付く。
だが、何事もなかったかのように振舞う。
そして、自宅へ向かった。
◇◆◇◆◇◆
フレイが城でリデルと会話している頃、話の噂となっていた人物――エイルは器用に裁縫をしているマナの手元を見詰めていた。時折、間の抜けた声音を発し感心した表情を浮かべる。
「上手いね」
「そ、そうでしょうか」
「うん。上手い」
「いえ、エイル様の方が……」
たとえ自身の方が技術が上でも、マナは目上の人物を立てる。尚且つ、謙虚な態度を取る。何事も、自身を下に置く。そのことにエイルはもっと自己主張をしていいと言うが、マナは頭を振る。
まだまだ短い付き合いだが、エイルはマナの特徴を知る。その為、どのように言っても無理だということをわかっているが、それでももっと自己主張をしてほしいと思う。それに、その方が付き合いやすい。エイルにとってメイドの中で一番頼みやすいのはマナしかいないので、自然体を望む。