ロスト・クロニクル~前編~
しかし今のマナにそれを求めても、無理な相談であった。メイドはメイドとして、目上の人物を敬わないといけない。家政婦(ハウスキーパー)のリンダに厳しく仕込まれているだけあって、決して自分が上に立とうとは思わない。
無論、マナが持つ本来の性格も関係しているが、そのことにエイルは気付かれないように肩を竦める。そして、話を続けた。
「慣れ?」
「そうだと思います」
「じゃあ、僕も毎日頑張らないと」
「今のままで、十分です」
「そうかな。折角、マナに裁縫を教えてもらおうと思ったのに……残念。こんなに、上手いのに」
必要以上に褒め称えるエイルの言葉に、マナの顔は真っ赤に染まっていた。今まで、自身の仕事をここまで褒めてくれた人物はいない。それに、メイドの仕事として当たり前と考えていた。だが、相手がエイルの場合は違う。全ての仕事に対して、いい評価を下していく。
恥ずかしい。
切ない。
苦しい。
数多くの感情が、入り混じる。
その為、手元に集中できなくなってしまう。
「あっ!」
部屋の中に、か細い声音が響く。
針を指先に刺してしまったのだ。
「マナ?」
「だ、大丈夫です」
これくらいの傷は、たいしたことはない。そう言いたいのか、瞬時に針を指した指を口に含む。微かに独特の味が口内に広がるが、マナはすぐに血が止まると思っていたが、エイルは違った。以前、包丁で指を切ったマナ。それが関係し、本当に平気なのか尋ねてくる。
「平気です」
「本当?」
「ほ、本当です」
過度に心配してくるエイルに、何度も「大丈夫」と言う。メルダースでは、ラルフに関節技を掛け無表情で殴り倒しているが、相手が異性の場合は違う。尚且つマナには世話になっているので、ついつい心配してしまう。一種の過保護というべきか、それだけマナのことが気になっていた。