ロスト・クロニクル~前編~

 エイルの対応に、マナは戸惑いを覚えてしまう。そして頬を紅潮させながら必死に言葉をつむぎだそうと試みるが、マナの言葉が外に出ることは無かった。そう、部屋の扉が開いたのだ。

「エイル」

 扉を開いた主は、兄のイルーズ。突然の兄の登場に何かを察したのか、エイルは急に厳しい表情を浮かべている。その予想は、正しかった。彼はフレイが帰宅したことを教え、尚且つ自身のもとへ来るように言っていると伝えてきたのだ。勿論、即答を避けたのは言うまでもない。

「行かないのか」

「行きます。ただ、嫌な予感がして……」

「それは、正しいかもしれない。しかし行かないと、もっと嫌な予感になるのは間違いない」

「脅しですか」

「そう、捉えてもいい」

 その言葉は、ある意味で的を射ている。それに逆らったところで、勝ち目は無い。エイルは仕方ないという素振りを見せつつ、兄の言葉に従う。と同時に、何故イルーズが自宅で寛いでいるのか疑問に思う。

 今の時間帯、城で仕事をしているものだが、イルーズは城へ行く気配を見せない。それは、どうしてなのか。

 当初疑問に思っていたエイルだが、兄の顔色をまじまじと見た瞬間、その理由に気付く。生来、身体が弱いイルーズ。今日は体調が優れないので、休んだに違いない。だというのに、このようにフラフラと歩いている。そのことにエイルは、珍しく兄に厳しい言葉を言う。

「わかった」

「それなら、早く寝て下さい。兄さんが何回も倒れるのは、見ていていいものではないですよ」

「そうだな」

「マナ、兄さんを部屋まで連れて行って」

「はい!」

 急に話を振られたことにマナは驚きの表情を作るが、瞬時に腰掛けていた椅子から立ち上がるとイルーズの側へ向かう。そして恭しい態度で、彼が使用している部屋へ案内するのだった。

 それに続くようにエイルも自室から出て行くと、父親が待つ一階へと向かった。イルーズの視界から、エイルの姿が消える。それを見計らったかのように、イルーズが口を開く。彼が言葉を掛けた相手というのはマナ。内容は、二人でコソコソと何をしているかというものだった。
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