ロスト・クロニクル~前編~
練習中に何度か付け髪を付けて練習を行なっているが、そのいずれも付けるのに時間が掛かっていたので、衣装係を急がせる。エイルの言葉に衣装係は慌てて付け髪を取りに行くが、なかなか見付からない。
衣装係が付け髪を持ってくる時間も勿体無いので、エイルはいそいそと衣装に着替えていく。何度も着ているので着心地が悪いということはないが、動き難いというのが本音だった。
しかし、演劇に支障を来たすほど動き難いというわけでもない。それに文句を言っては、作った人物が可哀想だ。また、これだけの素晴らしい衣装を作ってくれたことに、本当は感謝しないといけない。
「持ってきた」
「有難う」
「鏡の前で付けよう」
エイルは鏡の前に行くと、椅子を引き寄せるとそれに腰掛ける。そして鏡に映し出される自分の姿に、何処か恥ずかしそうな表情を作った。あまり衣装を着た自分をまじまじと見たことがないが、このように鏡に映った自分を見ると気恥ずかしさが強くなり、笑い出してしまう。
「どうした?」
「王子様と言われた」
「王子様役だろう?」
「そうだけど……」
「案外、本物だったりして」
「違う」
「はははは。冗談だよ。ほら、動かない。今から、髪を付けるから。縛るのは、自分でやってくれ」
そう言うと、衣装係はエイルの地毛に溶け込むように付け髪を付けていく。今までと違い、今日の実に手際はいい。何でも、時間が掛からないようにと何度も練習を行なったという。
演劇は表に立つ人物だけが頑張っても、成功には繋がらない。このように裏方も努力し懸命に頑張っているからこそ、成功に繋がるのだ。衣装係の意見を聞いたエイルは、主役として一生懸命に演じ今回の演劇を成功に導かなければならないと、改めて決意するのだった。
「できたぞ」
彼が身に付ける付け髪は、胸元まで長い髪。いつもの髪型より長い髪形になるので正直鬱陶しい。だから後方で一纏めに縛るのが、エイルの演劇の時の特徴だった。それなら最初から付け髪を付けない方がいいのだが、それは周囲が許さない。要は、長い髪の方が似合うからだ。