ロスト・クロニクル~前編~
弟の発言に、最初イルーズは唖然としていた。具合が悪いと言って別れて十数分後に目の前に現れ、尚且つ屋敷で働くメイドと何処かへ一緒に出掛けるという。
正直休んで旅の疲れを癒して欲しいというのがイルーズの本音だのだが、今のエイルに何を言っても無駄ということを彼が発している雰囲気で判断できた。それに、これくらい許せないほど大人気なくもない。
弟の我儘に困り気味のイルーズだが、駄目といって切り捨てるのは可哀想と思う。それに相手は屋敷で働いているメイドなので、身元はハッキリとしている。夕食の前までには帰宅するように――そのようにエイルと約束すると、メイドと一緒に出掛けることを許した。
兄からの承諾を得たエイルは礼を言った後、駆け足で彼女が待っている勝手口へ急ぐ。そして扉の側でエイルが来るのを静かに待つマナに声を掛けると、早く森へ行こうと急かした。
「案内は頼む」
「わかりました」
「で、それは持つよ」
「いえ、これは軽いですので」
「いや、遠慮しない」
エイルが言う「それ」というのは薄茶色の大きい籠で、多くの木の実を採取するつもりなのかマナはその籠は抱えて持っている。しかし、この籠に口切いっぱい木の実を入れたら女が持てる重量ではない。それにこの場合、男が率先して荷物を持つのが普通とフレイが言っていた。
真面目な口調のエイルの言葉を拒絶するかたちで、マナは自分で持つと言い続けている。だが、勝手口の前で長くやり取りを続けてはいられない。彼等が話している間、数人のメイドや料理人が勝手口を使用していたからだ。その全員が彼等の姿に驚くが、最終的には生暖かい視線を送る。
彼等の視線の意味に気付いた瞬間、二人は逃げるように駆け出していた。その時、籠を持っていたのはエイル。当初どちらが持つか揉めていた籠であったが、この瞬間エイルが持ち森へ行くことが決定した。
◇◆◇◆◇◆
目的の森は、王都から徒歩で十五分の場所に存在していた。この一体は奥深い森として有名な場所だが、歩道が整備されているので散歩や森林浴で訪れる者も多いという。それに木漏れ日が美しい。メルダースの周囲にも深い森が存在していたが、エイルは此方の森の方が好きだった。人によっては「どの森も同じ」という意見もないわけではないが、これは理屈では説明できない。