ロスト・クロニクル~前編~

 気持ちがいい。

 安らげる。

 そして、懐かしい。

 簡単に理由を言えば、そのようなもの。しかしエイル自身も、感覚を言葉として表現するのは難しい。その証拠に木々が発する香りが鼻腔を擽った瞬間、無意識に口許が緩んでいた。

「例の木の実は、枝から取るの?」

「いえ、地面に落ちています」

「そうなんだ。てっきり、枝に生っている木の実だと思った。なら、胡桃みたいな物なのかな」

「そうなります」

 マナの説明を聞いたエイルは軽く頷き返すと、整備された歩道から反れ深い森の中に立ち入り目的の木の実を探していく。彼に続く形でマナも森の中に立ち入ると、地面に視線を向け木の実を探していく。すると、一本の木の根元に黒い物体が落ちているのを発見した。

「見付けました」

「どれ?」

「これになります。これで、美味しいお菓子を作ることができます。皆、喜ぶといいな……」

 掌に数個の木の実を乗せ、エイルの目の前に差し出す。と同時に発した言葉は、彼女の本音。誰かの為に一生懸命に頑張るのが、彼女の特徴でありいい部分。そのことを改めて知ったエイルは彼女が美味しい菓子を作れるようにと、せっせと例の木の実を拾っていくのだった。

「そうだ! 僕もマナが作った菓子を食べてもいい? 普通の料理は食べたことがあるけど、菓子はないから」

「エイル様が!?」

「駄目?」

「い、いえ」

 急に「食べたい」と言われ、動揺してしまったマナは拾っていた木の実を全て地面に落としてしまう。以前夜食を作っていたので、手料理を振舞う点では恥ずかしいという感情は強くない。ただ、何の前触れも無く「食べたい」と言われたので、激しく動揺してしまった。

 一方、彼女の動揺に全くといっていいほど気付いていないエイルは、地面に散らばってしまった木の実を全て拾い上げると籠の中に入れていく。そして、再度「食べたい」と言い、彼女に向かい爽やかな笑顔を作った。その予想外の純粋無垢に近い笑顔に、更に動揺してしまう。
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