ロスト・クロニクル~前編~
同時に、どうして他のメイトに同じことを言わないのか疑問が湧き出てくる。屋敷で働いているメイドの数は多い。確かにエイルの世話係をしているが、彼は「ご使命」とばかりに彼女の名前を呼び、このように一緒に木の実を拾いに来ている。それに一時帰宅の時は、プレゼントを贈ってくれた。
何故――
時間の経過と共に、疑問が膨らんでいく。また、はじめて経験する感情が胸の中に広がっていき、モヤモヤとした不可思議な感覚を体験する。それは、抑えることができない感情と疑問。マナは意を決しその感情と疑問を言葉に表し疑問をエイルにぶつけるが、声音は小さかった。
彼女からの突然の質問にエイルは反射的に視線を逸らすと、人差し指で頬を掻く。彼自身、これについての回答は難しかった。いや、最初から回答は決まっていたが、言葉に出すのが恥ずかしい。
しかし、彼女が抱いている疑問に対し正しい解答を提供しないわけにもいかない。エイルは溜息を付き気持ちを落ち着かせると口を開き気持ちを言葉に表すが、マナと同じで何処かぎこちない。
「何と言うか、一緒にいると楽しいんだ。マナは、メルダースにいないタイプだし。だからと言って、悪い意味じゃないよ」
エイルは勉学の面は得意としているが、こういう面は物凄く不得意。また不器用で言葉に表すのが苦手だったが、懸命に言葉を発していく。するとエイルの言いたいことが伝わったのか、マナが紅潮していた。
「迷惑?」
「そ、そんなことは……ありません」
「有難う」
「その……エイル様は、やはり違います」
「メルダースで、好き勝手にやっていたからね。それに、貴族社会は好きじゃないんだ。ああ、そうだ。春の祭りって、まだ開催していないよね。前々から興味があったことなんだけど、あの祭りって男女が一緒に踊っていて……ということだから、一緒に。入学前は、小さかったから」
その誘いに、マナの身体が完全に硬直してしまう。しかし彼女も前々から興味を持っていたが、毎年遠巻きから眺めていたという。それにメイドの大半は彼氏持ちで、祭りの当日は交代で遊びに行ってしまうので、彼氏がいないマナは一日中仕事を行ない彼氏と共に出掛ける仲間達を羨ましく思っていた。
別に誰かと一緒に行かないと参加できない祭りというわけではないが、同年代の者達は異性と一緒に出掛け祭りを楽しんでいる。それを見ていると、女の子一人で参加するのは他者の迷惑に――という悪い考えを抱いてしまい、結局一度も祭りを経験したことがなかった。