ロスト・クロニクル~前編~

 しかし、今回は明らかに違っていた。エイルから誘われ、尚且つ自分のことを気に入ってくれている。異性と付き合った経験を持たないマナは、突然舞い込んだ幸福にパニック寸前だった。

 だが、エイルは肝心なことを忘れている。マナはメイドとしては優秀な人物だが、それ以外に関してはズブの素人。それに一度も祭りを経験していないので、勿論踊った経験も持っていない。

 オドオドとした態度で、自分は踊れないということをエイルに伝える。するとエイルは何かを思い出したかのように自身の手を叩く、自分も踊れないということを話し口許を緩めた。

「意外です」

「そう?」

「エイル様は、何でもできると思いました。エイル様はメルダースでは、優秀な生徒と聞きましたので……」

「僕は万能じゃないし、苦手なモノも結構あったりする。それなら誰かに教えて貰い、習えばいいけど……兄貴……は、無理か。そもそも、貴族の息子は行かないし兄貴は身体が弱い」

 考え事をしていても、エイルは自分に架せられた仕事は忘れていない。彼は誰に聞けば一番いいか悩みつつ、地面に落ちている木の実を拾っていく。エイルの姿に釣られるようにマナも木の実を拾い、籠の中にいれていく。その間、何を話していいかわからないので長い沈黙が続く。

「アルフレッドだ!」

「えっ!?」

「御免。驚かせた」

「大丈夫です。その……アルフレッドさんって、誰でしょうか。エイル様のお友達とか……」

「いや、同僚。あいつって、こういうことも知っているイメージがあるから。って、大事なことを思い出した」

「親衛隊の方でしたか」

 アルフレッドに踊り方を尋ねてもいいが、それ以前に迎えに来てくれたことに対し礼をしないといけない。本音は「面倒」という気持ちがないわけではないが、感謝の言葉を言わないと後々面倒だ。彼のガサツな性格を考えれば細かい部分は気にしないだろうが、変に貸を作ってしまうと実に煩い。

 贈り物を渡す――というところまで考えているが、問題は好みがわからない相手にどのような物を贈ればいいかわからない。それについて一人で考えるのは難しいが、今マナが側にいてくれる。エイルは困った表情を作ると、アルフレッドにどのような物を贈ればいいか彼女に尋ねた。
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