ロスト・クロニクル~前編~
「お、お掃除を……」
「ああ、掃除は適当で構わない。物が乱雑に置かれているが、あれでわかるらしいから下手に触らない方がいい」
「か、畏まりました」
それは、エイルの部屋の状況を示す言葉であった。
乱雑に見える室内だが、エイルにしてみれば使い易い。
自分の目線内に必要な物を置いてあるので、下手に掃除をされてしまうと迷惑だという。
イズールは過去、勝手に部屋から本を持ち出して大目玉を食らった経験を持つ。
勉学に関しては、兄弟は関係ない。
だから断りを入れずに何かを行えば、それ相応の愚痴が待っている。
あのエイルが――
その件を思い出す度に、懐かしさが込み上げてくる。
滅多に激怒しないエイルが、あのように憤慨したのだから。
今となれば、いい思い出だ。
「まあ、掃除をしてもすぐに汚れる」
「わ、わかりました」
「宜しく」
そう言い残すと、イルーズは部屋から出て行った。
メイドはその姿に頭を垂れると、仕事を開始した。
一見、同じように見える兄弟。
しかし両極端に等しい性格で、血の繋がりがあっても他人同士に近い。
分かり合う仲がいい兄弟といっていいが、二人の間に漂うのは普通の兄弟とは思えない何か。
だが、深く追求する者などいない。
ただ、見守る。
そして数時間後、多くの者がエイルのメルダースに入学を祝った。
◇◆◇◆◇◆
進むべき道に立った時、人は餞別の言葉を送る。
だがこの兄弟には、そのような言葉は必要なかった。
互いに求め合えば、いつでも会うことができたから。
それに、危険な場所ではない。
また、エイルは餞別の言葉を嫌う。
だが、一言述べる。
「いってらっしゃい」