ロスト・クロニクル~前編~
いや、漏れ出る明かりはひとつではない。
複数の明かりが、暗闇に揺れていた。
それらは全て、寮の窓から漏れる明かり。
深夜を回っている時間、このように起きているということは予習復習を真面目に行なっている生徒だろう。
これは決して珍しい光景ではなく、当たり前といっていいものだった。
ふと、ひとつの明かりが消えた。
どうやら、眠気の方が勝ったらしい。
早く就寝しないと明日の授業に差し支えてしまうが、時として無理もしなければいけない。
メルダースの授業は難しい。
だから毎日のように予習復習を欠かさず行い、授業に挑む生徒も多いと聞く。
何気なく、腕に巻いてある包帯に視線を移す。
静かにしていれば痛みは感じないが、利き腕であるということでそうもいかない。
だが反省文を書いていた時、然程気にはならなかった。
ふと「反省文」という単語を思い出した瞬間、表情が激しく歪んでいく。
そう、例の件を思い出してしまった。
もし目の前にラルフがいたら、エイルは問答無用で魔法を使用していたに違いない。
(あいつ……)
用事を済ませて帰って来た時に、反省文が消えていたことに驚いた。
同時に犯人がラルフであるということは、すぐに判明する。
反省文を欲しがる生徒は、滅多にいない。
それに一緒にいたのは、ラルフのみ。
そして怒りの頂点に達したエイルは、ラルフを捜し出し関節技を披露した。
しかし、ラルフの不幸はこれで終わることはない。
エイルの関節技に続き、教師達からの長々とした説教。
その肉体と精神のダメージに、フランソワーから受けた傷が悪化したという。
(ああ、そうだ)
フランソワーの件であることを思い出し、引き出しからひとつの封筒を取り出す。
それはジグレッドから受け取った手紙で、早めに返信を書こうと思いつつも完全に忘れていた物。
封筒から中身を取り出すと、二枚折のそれを広げ黙読する。
差出人は、古い知り合い。
強いて上げれば、エイルの父親の知り合いであった。
いや、知り合いという表現は適切ではない。
正しくは、父親の部下であった人物。
その者は時折このように手紙を出しては、エイルのことを心配してくれる。
それは恥ずかしいような困ったような、手紙を受け取る度に複雑な心境になってしまう。
書かれていた内容は、このようなもの。
「メルダースに入学して、一度も実家に帰ってこない。
たまには、帰ってきなさい」という希望が書かれていた。
確かに、一度も実家に帰っていない。
それほど気にはしていなかったが、このように手紙が送られてくるとなると考えてしまう。