ロスト・クロニクル~前編~
(そういえば、夏休みは……)
今のところ、予定はなかった。
だがこの時間を利用して、魔法の訓練をしようと考えていた。
メルダースの夏休みは、約一ヶ月。
確かにこの時期を利用して実家に帰郷する生徒もいたりするが、エイルの故郷であるクローティアは遠いので、往復だけでかなりの時間を有してしまう。
(卒業するまで、諦めてもらおう。それに、単位とか諸々できちんと卒業できる保証もないし……)
そのことを伝える為、エイルは引き出しから紙を取り出す。
そしてその上にペンを走らせると、返信を書いていった。
『残念ながら、実家には帰りません』
出だしに書いた文章は、このようなものであった。
道楽息子と思われても仕方がない内容にエイルは苦笑してしまうが、書いた文章は今の気持ちを表したもの。
「親不孝もの」と言われようが、メルダースの生活が気に入っているので仕方がない。
何より、帰るのが面倒であった。
両親は息子の性格を知っている為、特にこれといって何かを注文するような手紙は送ってこない。
ただ「退学するようなことをするな」という内容が、毎回のように書かれていた。
(退学はしないよ)
授業内容が難しい場所であっても、居心地はいい。
故郷より気候が温暖で、過ごしやすいからだ。それに、友人も沢山いる。
一瞬ラルフの顔が浮かぶが、彼は友人という枠には分類されない。
一種の悪友であるからこそ、普通の友人とは一緒にできない。
といって、特別扱いをするつもりもない。
もしそれを行ってしまったら、ますますラルフが馴れ馴れしく接してくる。
そうなれば、関節技の回数が増えるのみ。
そして、毎日のようにラルフの悲鳴が響き渡るに違いない。
エイルは、それを望むことはない。
望んでしまったら、平和な日々が失われてしまう。
(まあ、このようなものか。ラルフのことに関しては……内緒にしていれば、バレないし……)
一通り文章を書き終えると、窓の外に視線を移す。
どのくらい時間が経過したのかわからないが、殆どの明かりが消えていた。
欠伸をしながら最後まで手紙を書くと、そのまま机に倒れ込んでしまう。
まどろみの中、揺れるランプの明かりが目に入った。
エイルは「燃料の無駄」ということで明かりを消すと、一瞬にして闇が覆った。
窓から差し込む明かりが、何ともいえないほど幻想的な雰囲気であったが、それを楽しむ余裕などない。
徐々に、瞼が重くなってくる。