ロスト・クロニクル~前編~
第一章 メルダース魔法学園

第一話 あるべき日常


 針葉樹林の森と小高い丘に囲まれた学園に、心地いい風が春の甘い香りを乗せ流れていく。

 現在、長い日数鬱陶しくシトシトと降り続けていた雨は、今止んでいる。

 その後、深い海の底を表現したような青空が天空一面を覆い、長雨の憂鬱感を拭い去るような爽快感を醸し出している。

 その美しい青空に漂っているのは、白い絵の具を使用し適当に描いたような歪な雲。

 それはまるで、子供が描いた悪戯描きのように愛嬌がある。

 それらが、一定の方向に静かに流れていた。

 学園の窓から差し込む日差しは、ポカポカと暖かい。

 その春の日差しは身体を徐々に暖めていき、午睡を促してくる。

 その感覚は、羽毛を使用した布団に包まれているようだ。

 油断すると一瞬にして意識を奪い現実から違う世界へ誘い、その感覚に抗うのはとても難しい。

 途切れ途切れで少年の耳に届くのは、女性の声音。

 今授業の最中であったが、眠気の方が強い。

 少年は何度も欠伸を噛み殺すと、ぼやける視線の中でペンを動かしノートに文字を書き写す。

 少年が受けている授業は高度な内容で、移し忘れたら今後の授業に響いてしまうので、必死に眠気と戦う。

 少年が授業を受けている場所は〈メルダース魔法学園〉と呼ばれる学び舎で、優秀な魔導師や研究者の育成を目的として建設された学園。

 そして少年は、将来優秀な魔導師を目指している。

 だからこそ睡魔に襲われようが頑張って授業に集中し、ノートに書き写さないといけない。

 ふと、女教師が少年の隣で授業を聞いている生徒の名前を呼ぶ。

 その生徒は反射的に立ち上がると、質問の内容に戸惑いつつ回答を述べていく。

 しかし自信がなかったのか、途中から音量が下がっていく。

 それでも語る内容が正しい解答だったらしく、女教師は頷いてみせる。

「説明に甘い部分も見受けられますが、基礎をシッカリと認識している回答なのでいいでしょう」

 正解だったことに、その者はホッと胸を撫で下ろす。

 相当難しい質問内容だったのだろう、額に汗が滲み出している。

 女教師の反応に、同じように授業を受けている生徒達が小声で会話をはじめる。

 中には「どうして回答がわかった」と、関心する者も中にはいる。それほど、難解な質問だった。

 先程の生徒は、ふらふらと身体を揺らしながら椅子に腰掛ける。

 それと同時に、眠気と戦っている少年に声を掛ける。

 すると何を思ったのか両手を顔の前で併せ、少年を拝みだした。

 どうやら今まで述べた回答はこの者の知識ではなく、この少年が深く関係していたらしい。

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