ロスト・クロニクル~前編~
第三話 真夏の赤誠
本格的な夏が到来したが、蒸し暑く不快というまでの暑さではない。
どちらかというと過ごし易く、不快指数はそれほど高くはない。
しかし夏という季節、エイルは大の苦手だった。
澄み切った青空に、青々とした植物の緑が映える。
この時期、植物の成長は著しい。
特に草取りを数日サボっただけで雑草は至る所に姿を現すので、毎日の草取りは欠かせなかった。
この時期、メルダースは一ヶ月の夏休みを迎える。
高度な授業内容を行う学園なのだから、夏の時期も勉強を行う。
というのが一般的な認識の仕方だが、一年中勉強をしていたら疲労が蓄積してしまう。
それにひと時の休みは学生の良い休養となり、無理して勉強しても、実にならない。
夏休みを利用して、実家に帰る生徒は意外に多い。
ラルフもその中の一人で、一昨日からあの煩い声を聞いていない。
(何て、気持ちがいい)
このような清々しい朝は、久し振りであった。
ラルフがいないだけでこんなにも朝の目覚めがいいものかとエイルは思いつつ、観音開きの窓を開け新鮮な空気を部屋の中に取り込む。
このまま平和な毎日が続けば――
と思うが夏休みが過ぎれば、あの煩いのが帰ってくる。
一瞬にして幸せな日々は失われ、悪夢のような毎日が続く。
そう、あれは悪夢としか言いようがない。
あのラルフが、山百合を育てはじめたのだから。
どこか間違っている。
そのように思わなければ、やっていけない。
「ラルフと山百合」これほど似合わない組み合わせが、この世に存在していいのだろうか。いや、存在してはいけない。
それほどまでに異様な組み合わせ。
それにラルフを見送る時に、見てしまった“あれ”は、かなり衝撃的な光景であった。
マルガリータが植えられている鉢植えに、蛍光色が強いピンクのリボンを巻きつけていたのだ。
フランソワーの件といい、ラルフは本当に可愛らしい物が好きのようだが、実に似合わない。
いや、その前に気持ち悪い。
そう、吐き気を催してしまう。
そして、全身に蕁麻疹が出る。
ふと、ある光景を思い出した。
それは、あの時に見たマルガリータ姿であった。
白い花弁が何か違う――この世のモノとは思えない、色に変化していたように思えた。
まさにそれは、不可解な光景。
見間違いでなければ、マルガリータは別のものへと変化を遂げている。