ロスト・クロニクル~前編~
(い、いや……そんなことはあり得ない)
庭師のハリスから山百合を貰ってから数週間しか経過していないので、短期間でおかしな成長をするはずがない。
だが、育て主はあの珍獣のラルフ。
何が起こってもおかしくはない。
(怒られるな)
ハリスは植物に対して、多くの生徒達が驚くほどの愛情を注いでいる。
そのハリスはラルフを信じて山百合を渡したのだが、その山百合が実験材料になってしまったと知ったら――
この世の者とは思えない形相を浮かべ、雷が落ちる。
そのことをラルフは知っているのか。
いや、知らない。知っていたとしたら、あのような馬鹿なことは行わない。
本当は帰ってきてほしくはないが、マルガリータがそのような変化をしているのか気になってしまう。
これは、一種の知的好奇心。
そのように言うとラルフが喜ぶので、言葉に出したりはしない。
エイルは椅子に掛けてあった制服を手に取ると、それに着替える。
夏休みなので制服を着る必要ないと思われるが、メルダースの生徒だとわかるように制服の着用はこの時期でも義務付けられている。
無論通気性のよい夏服であるが、暑いことには代わりない。
それに汗で身体にへばりつくと動き難いが、学園の方針なの我儘は言えない。
それに我儘を言うと、学園長の耳に届いてしまう。
この時期、メルダースに残っている生徒の数はごく僅かなので学園の中は静かで不気味な雰囲気があったが、これはこれで静かで実に過ごし易い。
結果、勉強に集中することができる。
エイルは寮の外に出ると朝食を食べる為に、食堂へ向かう。
現在メルダースは長期の休みに入っているが、結構な人数が今も働いている。
そのひとつに上げられるのが、学園の食堂。
数少ない生徒と教職員の為に食事を作ってくれるのだから、残っている者には有難かった。
「おはようございます」
食堂に到着すると同時に、働いているおばさん達に挨拶する。
するとエイルの登場を待っていたのか、奥から数人のおばさんが姿を見せる。
そしてエイルをテーブルまで連れて行くと、無理矢理椅子に座らせた。
「えーっと、何ですか?」
「待っていたのよ」
テーブルの上に並べられた料理は、朝食とは思えない量だった。こんが
りと焼き色のついたトーストに、カリカリに焼けたベーコンが添えられたスクランブルエッグ。
ミニトマトが彩りを添えるサラダにコーンスープ。
また、搾りたてのオレンジジュース。
まるで、高級な宿の朝食のようだ。