巡り合いの中で

 プライベート時に、現実を持ち込んでほしくない。

 今は〈後継者〉と、呼ばれたくない。

 自分は自分。

 〈クレイド〉と〈後継者〉は同等の意味を示しているが、普段から〈クレイド〉と呼ばれているので我慢できる。

 しかし面と向かって〈後継者〉と呼ばれると、いい気分がしない。

 聞きようによっては「権力を持つ者の我儘」と捉えられなくもないが、全ての面で〈後継者〉として振る舞うのは負担が大きく、精神的に疲れてしまう。

 だから、プライベート時だけは普通に過ごしたいと考え、アリエルが〈後継者〉と言った瞬間、いい表情をしなかった。

 語られた真実に、アリエルは瞬時に頭を垂れる。

「すみませんでした」

「いや、言わなかった方が悪い」

 セネリオが思わず口にしたのは「すまない」という謝罪の言葉。

 ライアスのように付き合い易い人物なのだから、きちんとその部分を伝えないといけなかった。

 セネリオは咳払いした後、一緒に何処かへ行く時は〈後継者〉のことは忘れて、面白おかしく過ごしたいと頼む。

「は、はい」

「だから、定期的に宜しく」

「こ、此方こそ」

「で、忙しい時は教えて欲しい」

「クレイドに比べれば、忙しいなんて……毎日、とても難しいお仕事をなさっていますし……」

「そんなことはないよ」

「ですが、徹夜を……」

「あれくらいは、慣れているよ……って、そういう話をしたいわけで、アリエルを呼んだわけじゃない。さて、買い物に行こうか。アリエルの私服を見たいって、覚えているだろう?」

 次の瞬間、アリエルの頬が紅潮する。

 勿論、そのことは忘れてはいないが、再度同じことを言われると過度に緊張してしまう。

 アリエルはセネリオがどのような服を好むのか知らず、それ以上に私服姿に自信がなかった。

 以前、侍女仲間と一緒に出掛けた時、自分が着ている服と仲間の服を見比べてしまう。

 その差は一目瞭然で、仲間達の服装の方がお洒落で可愛らしかった。

 相手は短い丈のスカートだったので比べる自体おかしいが、アリエルの服装は同年齢の女の子と明らかに違っていた。

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