孤独な歌姫 緩やかに沈む
急速落下モード
――――今日は午後から仕事だ。だけど、頭はスッキリしてる。
きっと君島くんのおかげだろう。連絡してくれ、とは言われたものの、なんとなく尻込みしていた。初対面の相手に自分から連絡とかあんまりしたことナイ。
最初ってどんなやりとりすんだっけ。『先日はどーも』とか『今日、遊べる?』とかそんな感じだったっけ。……と、考え始めてはや2時間が経つ。はっきり言って無駄な時間を過ごすのは好きじゃない。
私は出かける用意をして事務所に向かったのだった。事務所のエレベーターはなかなか来るのが遅い。苛立ちながら、エレベーターのボタンをカチカチと何度も押してしまった。
「何度押しても同じだよ、夢羽さん」と言われて即座に振り向くと昨日顔を合わせたばかりの怜くんがそこに立っている。
「おお……おはよ」
クスッと笑った怜くんは「おはよ、夢羽さん」と優しく返してくれた。やっとエレベーターが着いて二人、その中に乗り込むと、「夢羽さん、昨日なんかあった?」と聞いてきた。
やましい事など一つもない。だけど、何故かかなり焦る。
「ななにゅもナイでし……~~~~っ!」
思いのほか呂律が回らなかった。恥ずかしすぎて次の言葉を紡げない。
「ぶは! 何言ってるかわかんない! 夢羽さん、どうしちゃったの」
ツボに入ったのか大笑してる怜くんに慌てて言い直す。
「! だから! 何にも……ナイ……って……」
尻すぼみになった私の声に怜くんは笑うのをやめた。
「……誰と会ったの?」
「え?」
やましい事など一つもない……けど。君島くんと連絡先を交換する約束はしている。これはやましい事の一つに入ってしまうかどうか。かなりのグレーゾーン。答えたくない質問のってのは大抵、ちゃんと誰かが邪魔してくれるもんだ。
チン、と事務所が入っている5階に止まってドアが開いたら、そこにはカオリンがいたんだ。