孤独な歌姫 緩やかに沈む
カオリンのバッチリメイクの大きな目が一際見開かれたけど、すぐに「おはようございます」と笑顔で返してくれた。
「お、おはよう」
私も笑顔で。女って怖い。昨日、私の悪口を言っていたとは到底思えない。私も少し、ぎこちなかったかもしれないけど、昨日トイレでカオリンたちの会話を盗み聞きしたことはバレてない。今のところは。
カオリンと入れ違いに事務所へ入り、仲良しの所長のところへ挨拶へ行こうと思ったら、吉井マネと所長の声が聞こえてきた。すぐに声を掛けれなかったのは“MU”という私の芸名が聞こえてきたから。
『MUはそろそろ潮時かな』
『若手の網原まゆみをもっと全面に押し出しましょうか』
彼らの事務的な会話は私の心臓を貫く。
潮時……?!
全盛期よりは確かにCDの売上もネット配信も落ちているかもしれない。それでも売上は立っているはずだった。
『ッ?!』
部屋の隅で固くなっている私の肩に触れるモノがあって思わず大袈裟に驚いてしまった。肩に置かれた怜くんの手はギュッと力強くてかなり指に力が入っていた。
「おはようございます!」
わざと大きな声を出した怜くん。私も含めて所長も吉井マネも驚いた。
「あ! 夢羽! 今日は早いのね」
動揺した吉井マネは手早くテーブルの上の資料を片付けた。私も意図的にそれは見ないようにする。
「う、うん。目が覚めたから、部屋が空いてたら、少し練習しようかと思って」
ドキドキしている胸の鼓動が収まらない。頭の中は混乱している。忙しい毎日。眠れない日々。私は売れている。でも、私はいらない子だった……?
混乱している私を他所に吉井マネは「うん……うん、そうね。いい心がけだわ」と、自分自身を納得させるように何度も頷いた。