レンタルな関係。
「ちょっと待て」
そいつは、こぶしを握りしめてワナワナ震えている私の言葉を制し、
「俺は『アンタ』じゃねー。流川直人(るかわなおと)という立派な名前がある。流れる川に、真っ直ぐな人で、直人、だ」
目玉焼きを綺麗にフォークですくいながら、しらっとした声でそういうと、私を見上げて更に続けた。
「ところで、アンタの名前も聞いてなかったよな? なんて言うの?」
私は。
まさに開いた口がふさがらない状態でそんなそいつを見下ろしていたけれど、
「あ、唯衣。吉沢唯衣。吉に普通の沢、唯一の唯に、ころもの衣」
なんてバカ丁寧に名のってしまって。
「唯衣、か。ふーん」
目玉焼きを口に運ぶ姿を見てふと我に返る。
あのさ…
今、自己紹介のタイミングじゃないでしょーが。
「あのね! 自己紹介してる場面じゃないでしょ? なんで私がアンタに目玉…」
「だから、アンタじゃねーってーの」
「だっ、がっ、る、流川…直…人…さん!」
「ぶ。フルネームで呼ぶまでのことしなくていいし。流川でも直人でもいーよ」
「じゃ、じゃあ、流川さん! どうして私があなたにご飯用意してやんなきゃならないんですかっ! 自分でやってくださいっ」
声を張り上げてこぶしをブンブン上下する私を、そいつはほとんど無視。
ジャムの乗ったパンを美味しそうに頬張ってモグモグしてる。
こんな至近距離。
私の声、聞こえてないはずないよね?
おおーい、流川直人っ。
「聞いてんの?」
「聞いてるけど?」
「自分でやってください!」
「ダメだ」
「へ?」
「何度も言うが、俺はレンタル主だ。俺の言う事を聞く義務がアンタには、ある」
「は…はあ?」
「そして命令する権利が俺には、ある」
だーーっ!
どこまでコイツ、図々しいわけっ?
こんなヤツと一ヶ月一緒なんて耐えれませんっ!