あなたのために。-光と影-
602号室『若月日向様』
エレベーターに乗ってるときも移動中も特に環とは話さなかった。
そのせいなのか、日向のいる病室に行くまでそう時間がかからなかった。
この戸の向こうに日向がいる。
私のたった一人の大切な家族がいる。
早く会って顔を見て話したい。
その気持ちとは裏腹に戸を開けられない自分がいる。
今までどんな顔して会ってた?
どんな話をして日向を笑わせていた?
緊張と不安のせいで今までどうしていたか忘れかけている。
「……チッ」
ガラッ
私の背後にいた環が舌打ちをしたと思ったら、背後から手を伸ばして病室の戸を開けてしまった。
「ちょ、環…!?」
環に文句を言おうと後ろを振り返ろうとする前に、環に背中を力強く押された。
そのせいで自然と体が前に出て、私は病室の中に足を踏み入れる。
体勢を整え顔を上げる。
オレンジに近い明るい茶色の肩に触れるくらいの髪を風になびかせ、イヤホンを方耳だけはめてテレビを見ている。
ピンヒールの音に気付いたのか、ゆっくりと顔がこちらに向く。
私と同じ黒い瞳には私しか映っていない。
その瞳が次第に大きく見開いていく。